・・・たとい皮肉は爛れるにしても、はらいそ(天国の門へはいるのは、もう一息の辛抱である。いや、天主の大恩を思えば、この暗い土の牢さえ、そのまま「はらいそ」の荘厳と変りはない。のみならず尊い天使や聖徒は、夢ともうつつともつかない中に、しばしば彼等を・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・その上皆夢の中に、天国の門を見たそうである。天国は彼等の話によると、封建時代の城に似たデパアトメント・ストアらしい。 ついでに蟹の死んだ後、蟹の家庭はどうしたか、それも少し書いて置きたい。蟹の妻は売笑婦になった。なった動機は貧困のためか・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・ 又 しかし又泰然と偶像になり了せることは何びとにも出来ることではない。勿論天運を除外例としても。 天国の民 天国の民は何よりも先に胃袋や生殖器を持っていない筈である。 或仕合せ者・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・と思うと肩の上へ目白押しに並んだ五六人も乗客の顔を見廻しながら、天国の常談を云い合っている。おや、一人の小天使は耳の穴の中から顔を出した。そう云えば鼻柱の上にも一人、得意そうにパンス・ネエに跨っている。…… 自働車の止まったのは大伝馬町・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・「天国に嫁ぐためにお前は浄められるのだ」そういう声が聞こえたと思った。同時にガブリエルは爛々と燃える炎の剣をクララの乳房の間からずぶりとさし通した。燃えさかった尖頭は下腹部まで届いた。クララは苦悶の中に眼をあげてあたりを見た。まぶしい光に明・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・、是れ奨励である又教訓である、「天国は即ち其人の有なれば也」、是れ約束である、現世に於ける貧は来世に於ける富を以て報いらるべしとのことである。 哀む者は福なり、其故如何? 将さに現われんとする天国に於て其人は安慰を得べければ也とのことで・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・昔天国の門に立たせて置かれた、あの天使のように、イエスは燃える抜身を手にお持になって、わたくしのいる檻房へ這入ろうとする人をお留なさると存じます。わたくしはこの檻房から、わたくしの逃げ出して来た、元の天国へ帰りたくありません。よしや天使が薔・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
人間が、天国のようすを知りたいと思うように、天使の子供らはどうかして、下界の人間は、どんなような生活をしているか知りたいと思うのであります。 人間は、天国へいってみることはできませんが、天使は、人間の世界へ、降りてくることはできる・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・と空を指さしまして、「あの天国のお庭でございます。ああ、これから天国のお庭の梨の実を盗んで参りますから、どうぞお目留められて御一覧を願います。」 爺さんはそう言いながら、側に置いてある箱から長い綱の大きな玉になったのを取り出しま・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・全然とり返しがつかぬという考え方はこれは天国的なものでなく、悪魔の考え方である。 しかし童貞を尊び、志向を純潔にし、その精神に夢と憧憬とを富ましめるということは、青年の恋愛にとって欠くべからざる心がけである。 五 相互選・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫