元和か、寛永か、とにかく遠い昔である。 天主のおん教を奉ずるものは、その頃でももう見つかり次第、火炙りや磔に遇わされていた。しかし迫害が烈しいだけに、「万事にかない給うおん主」も、その頃は一層この国の宗徒に、あらたかな・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・まことの神、まことの天主はただ一人しか居られません。お子さんを殺すのも助けるのもデウスの御思召し一つです。偶像の知ることではありません。もしお子さんが大事ならば、偶像に祈るのはおやめなさい。」 しかし女は古帷子の襟を心もち顋に抑えたなり・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・やがてはこの国も至る所に、天主の御寺が建てられるであろう。」 オルガンティノはそう思いながら、砂の赤い小径を歩いて行った。すると誰か後から、そっと肩を打つものがあった。彼はすぐに振り返った。しかし後には夕明りが、径を挟んだ篠懸の若葉に、・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ 麻利耶観音と称するのは、切支丹宗門禁制時代の天主教徒が、屡聖母麻利耶の代りに礼拝した、多くは白磁の観音像である。が、今田代君が見せてくれたのは、その麻利耶観音の中でも、博物館の陳列室や世間普通の蒐収家のキャビネットにあるようなものでは・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・現代の日本は暫く措いても、十四世紀の後半において、日本の西南部は、大抵天主教を奉じていた。デルブロオのビブリオテエク・オリアンタアルを見ると、「さまよえる猶太人」は、十六世紀の初期に当って、ファディラの率いるアラビアの騎兵が、エルヴァンの市・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・ 橋梁に次いで、自分の心をとらえたものは千鳥城の天主閣であった。天主閣はその名の示すがごとく、天主教の渡来とともに、はるばる南蛮から輸入された西洋築城術の産物であるが、自分たちの祖先の驚くべき同化力は、ほとんど何人もこれに対してエキゾテ・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
1 天主教徒の古暦の一枚、その上に見えるのはこう云う文字である。―― 御出生来千六百三十四年。せばすちあん記し奉る。 二月。小 二十六日。さんたまりやの御つげの日。 二十七日。どみいご。・・・ 芥川竜之介 「誘惑」
天主初成世界 随造三十六神 第一鉅神 云輅斉布児 自謂其智与天主等 天主怒而貶入地獄 輅斉雖入地獄受苦 而一半魂神作魔鬼遊行世間 退人善念―左闢第三闢裂性中艾儒略荅許大受語―一 破提宇子と云う・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・と見ると鯱に似て、彼が城の天守に金銀を鎧った諸侯なるに対して、これは赤合羽を絡った下郎が、蒼黒い魚身を、血に底光りしつつ、ずしずしと揺られていた。 かばかりの大石投魚の、さて価値といえば、両を出ない。七八十銭に過ぎないことを、あとで聞い・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
一 このもの語の起った土地は、清きと、美しきと、二筋の大川、市の両端を流れ、真中央に城の天守なお高く聳え、森黒く、濠蒼く、国境の山岳は重畳として、湖を包み、海に沿い、橋と、坂と、辻の柳、甍の浪の町を抱い・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
出典:青空文庫