・・・夏の最中には蔭深き敷石の上にささやかなる天幕を張りその下に机をさえ出して余念もなく述作に従事したのはこの庭園である。星明かなる夜最後の一ぷくをのみ終りたる後、彼が空を仰いで「嗚呼余が最後に汝を見るの時は瞬刻の後ならん。全能の神が造れる無辺大・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・それからすぐ眼の前は平らな草地になっていて、大きな天幕がかけてある。天幕は丸太で組んである。まだ少しあかるいのに、青いアセチレンや、油煙を長く引くカンテラがたくさんともって、その二階には奇麗な絵看板がたくさんかけてあったのだ。その看板のうし・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・「ここへ天幕を張りたまえ。そしてみんなで眠るんだ。」みんなは、物をひとことも言えずに、そのとおりにして倒れるようにねむってしまいました。その午後、老技師は受話器を置いて叫びました。「さあ電線は届いたぞ。ブドリ君、始めるよ。」老技師はスイ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 式場は、教会の広庭に、大きな曲馬用の天幕を張って、テニスコートなどもそのまま中に取り込んでいたようでした。とてもその人数の入るような広間は、恐らくニュウファウンドランド全島にもなかったでしょう。 もう気の早い信徒たちが二百人ぐらい・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 天幕村の師走の夜に、つめたい青い月かげがさし、百万円の宝くじに当った人、一番ちがいで当らなかった人。そんなさわぎにまるで関係なく、燃料のとぼしい台所で、せめて子供のためにと、おいものきんとんを煮ていた主婦たち。さまざまの人の姿の上に一・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・やはり日本と同じで海か山へ行くのですが、しかし海へ行くとしても只ゆくばかりでなく、いろいろな戸外ゲームたとえば射的や乗馬などを全く何もかも忘れて愉快に無邪気に数日乃至数週間を過ごします、それに近頃では天幕生活が非常によろこばれて女学生などは・・・ 宮本百合子 「女学生だけの天幕生活」
・・・本願寺の御連枝が来られたので、式場の天幕の周囲には、老若男女がぎしぎしと詰め掛けていた。大野が来賓席の椅子に掛けていると、段々見物人が押して来て、大野の膝の間の処へ、島田に結った百姓の娘がしゃがんだ。お白いと髪の油とのにおいがする。途中まで・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫