・・・ 一朝禍を蹈むの場合にあたって、係累の多い者ほど、惨害はその惨の甚しいものがあるからであろう。 天災地変の禍害というも、これが単に財産居住を失うに止まるか、もしくはその身一身を処決して済むものであるならば、その悲惨は必ずしも惨の極な・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・独立した恒久的観測研究の系統が永い以前から確定されており、その上に当代の有名な学者の数々を聚めているのであるから、この際思い切って気象台の観測事業の範囲を徹底的に拡張して、そうして前述のごときあらゆる天災の根本的研究とその災害に対する科学的・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
・・・それがおおよそ百年に一遍くらいちょっとした吹雪があったとすると、それはその国には非常な天災であって、この災害はおそらく我邦の津浪に劣らぬものとなるであろう。何故かと云えば、風のない国の家屋は大抵少しの風にも吹き飛ばされるように出来ているであ・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・そうして食物も衣服も住居もめいめいが自身の労力によって獲得するのであるから、天災による損害は結局各個人めいめいの損害であって、その回復もまためいめいの仕事であり、まためいめいの力で回復し得られないような損害は始めからありようがないはずである・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・しかるに現代の日本ではただ天恵の享楽にのみ夢中になって天災の回避のほうを全然忘れているように見えるのはまことに惜しむべきことと思われる。 以上きわめて概括的に日本の自然の特異性について考察したつもりである。それで次にかくのごとき自然にい・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 尤も、非常な天災などの場合にそんな気楽な胸算用などをやる余裕があるものではないといわれるかもしれない。それはそうかもしれない。そうだとすれば、それはその市民に、本当の意味での活きた科学的常識が欠乏しているという事を示すものではあるまい・・・ 寺田寅彦 「流言蜚語」
・・・よしんば死刑になるかも分らない犯罪にしても、判決の下るまでは、天災を口実として死刑にすることは、はなはだ以て怪しからん。―― という風なことを怒鳴っていると、塀の向うから、そうだ、そうだ、と怒鳴りかえすものがあった。 ――占めた――・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・実に、想像以上の話だ。天災以外に、複雑な問題が引からまっているらしく、惨酷な〔二字伏字〕の話を、災害に遭って死んだ者の他につけ足さないのはない。死者の多いことが皆を驚した。話によると、命がけで、不幸な人々の屍を見ないでは一町の道筋も歩けない・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫