・・・ * 夕暮よりも薄暗い入梅の午後牛天神の森蔭に紫陽花の咲出る頃、または旅烏の啼き騒ぐ秋の夕方沢蔵稲荷の大榎の止む間もなく落葉する頃、私は散歩の杖を伝通院の門外なる大黒天の階に休めさせる。その度に堂内に安置された・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・と、「天神様」たちは思わない訳には行かなかった。 だが、青年団、消防組の応援による、県警察部の活動も、足跡ほどの証拠をも上げることが出来なかった。 富豪であり、大地主であり、県政界の大立物である本田氏の、頭蓋骨にひびが入ったと云う、・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ 遂に決断して亀戸天神へ行く事にきめた。秀真格堂の二人は歩行いて往た。突きあたって左へ折れると平岡工場がある。こちらの草原にはげんげんが美しゅう咲いて居る。片隅の竹囲いの中には水溜があって鶩が飼うてある。 天神橋を渡ると道端に例の張・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・けれども、天神の眼を透す、総ての現象は、天地を蓋う我から洩れる事はございません。地を這う蟻の喜悦から、星の壊る悲哀まで、無涯の我に反映して無始無終の彼方に還るのではございますまいか。 同じ、「我」と云う一音を持ちながら、その一字のうちに・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫