・・・坪内逍遙が戯曲と沙翁劇の翻訳に自分の一生を方向づける決心をしたのは、この二葉亭の小説の深い芸術の力にうたれて、小説家として自分の天質のうちにある浅薄さを知ったためであった。逍遙は率直に自分でそのことを書いている。 ところが、文学の仕事と・・・ 宮本百合子 「生活者としての成長」
・・・きわめて柔軟で同情に富む天質をもって生れ、従ってその時代の人間性を強調する息吹きにも感じ易かったシドニー・ハーバートは、フロレンスの指揮と指導の性質にひきよせられ、公共の目的のためには全く献身的な独特な友情を保った。そのほか、このグループの・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・の作者が、その真率でたゆみない天質によって、社会現象に対しては常にまともから相応ずる生き方で、今日までを打ち貫いて来ていることは、作品を一読して、その基調を明かに感じるのである。それでいながら、この作者には、口を開いてそのような経験を語ると・・・ 宮本百合子 「文学における古いもの・新しいもの」
・・・雄壮という資質は腕力的ということでないのは知れきったことであるし、真の雄壮は、感傷的な自己陶酔を最も厭い嫌って、真実を愛そうとする天質であることも、言を俟たないであろう。 国民の文学という場合、自身の雄壮を自身の耳に向ってうたう感懐に立・・・ 宮本百合子 「文学は常に具体的」
・・・で朝から夜までこき使われる者、理由もなく殴られ得る下積の存在として、天質の豪気さ、敏感さ、熟考的な傾向と共に、少年ゴーリキイの生活及び人間に対する観察力は非常に発達している。殆ど辛辣でさえある。現実は強く彼を鍛え、書物に対する判断、芸術にお・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・けれども、屑拾い小僧であり、板片のかっぱらいであった小さいゴーリキイを、かっぱらいの徒党のうちへつなぎきりにしなかった彼の天質の健全な力が、この場合にも一つの新しい疑問の形をとってその働きを現わした。これらの連中は、いつ、何を話してもとどの・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・マリア自身、いかにもロシアの女らしいゆたかな生活力と天質に燃えながら、しかも同時代のロシアの歴史の精華と何の接触ももつことができず、それどころか、全く誤った見かたにおかれた彼女の境遇を私は哀れに思う。 当時全ヨーロッパが最良の精力をつく・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・で教育小説をかいたと云われているけれど、この作者の天質にはロマンティックな詩人としての要素が決定的なものとして働いていると思う。「青春彷徨」の結末にしろ「車輪の下」の最後にしろ、ヘッセは、誠意をこめて辿って来た精神と肉体の葛藤の終りを、いつ・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
出典:青空文庫