・・・それでも己が渡を殺そうと云った、動機が十分でなかったなら、後は人間の知らない力が、(天魔波旬とでも云うが好己の意志を誘って、邪道へ陥れたとでも解釈するよりほかはない。とにかく、己は執念深く、何度も同じ事を繰返して、袈裟の耳に囁いた。 す・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・これがいかなる天魔の化身か、おれを捉えて離さぬのじゃ。おれの一生の不仕合わせは、皆あの女がいたばかりに、降って湧いたと云うても好い。女房に横面を打たれたのも、鹿ヶ谷の山荘を仮したのも、しまいにこの島へ流されたのも、――しかし有王、喜んでくれ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・科に落つるをままに任せ置たるは、頗る天魔を造りたるものなり。無用の天狗を造り、邪魔を為さするは、何と云う事ぞ。されど「じゃぼ」と云う天狗、もとよりこの世になしと云うべからず。ただ、DS 安助を造り、安助悪魔と成りし理、聞えずと弁ずるのみ。・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・露伴の処女作はこれより以前に『禅天魔』というのがあったが終に発表されなかった。初めて発表されて露伴という名を世間に認めさしたのはこの『露団々』で、初めは『都の花』に連掲され、暫らくしてから単行本となって出版された。が、露伴の名をして一躍芸壇・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・禅天魔。真言亡国。律国賊。既成の諸宗はことごとく堕地獄の因縁である」と宣言した。 大衆は愕然とした。師僧も父母も色を失うた。諸宗の信徒たちは憤慨した。中にも念仏信者の地頭東条景信は瞋恚肝に入り、終生とけない怨恨を結んだ。彼は師僧道善房に・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 五、我、ことごとに後悔す。天魔に魅いられたる者の如し。きっと後悔すると知りながら、ふらりと踏込んで、さらに大いに後悔する。後悔の味も、やめられぬものと見えたり。 六、妬むにはあらねど、いかなるわけか、成功者の悪口を言う傾向あり。・・・ 太宰治 「花吹雪」
出典:青空文庫