・・・僕が去年の秋以来、君たちと太白を挙げなくなったのは、確かにその女が出来たからだ。しかしその女と僕との関係は、君たちが想像しているような、ありふれた才子の情事ではない。こう云ったばかりでは何の事だか、勿論君にはのみこめないだろう。いや、のみこ・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・月明りの仄めいた洛陽の廃都に、李太白の詩の一行さえ知らぬ無数の蟻の群を憐んだことを! しかしショオペンハウエルは、――まあ、哲学はやめにし給え。我我は兎に角あそこへ来た蟻と大差のないことだけは確かである。もしそれだけでも確かだとすれば、・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 赤木は昔から李太白が贔屓で、将進酒にはウェルトシュメルツがあると云うような事を云う男だから、僕の読んでいる本に李太白の名がないと、大に僕を軽蔑した。そこで僕も黙っていると負けた事にされるから暑いのを我慢して、少し議論をした。どうせ暇つ・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・いたずらでね、なかの妹は、お人形をあつかえばって、屏風を立てて、友染の掻巻でおねんねさせたり、枕を二つならべたり、だったけれど、京千代と来たら、玉乗りに凝ってるから、片端から、姉様も殿様も、紅い糸や、太白で、ちょっとかがって、大小護謨毬にの・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・子美太白の才、東坡柳州の筆にあらずはいかむかこの光景を捕捉しえん。さてそれより塩竈神社にもうでて、もうこの碑、壺の碑前を過ぎ、芭蕉の辻につき、青葉の名城は日暮れたれば明日の見物となすべきつもりにて、知る人の許に行きける。しおがまにてただの一・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・頭のてっぺんが平べったいような、渋紙色の長面をした清浦子は、太白の羽織紐をだらりと中央に立っていたが、軈て後を向き、赤いダリアの花一輪つみとった。それを、「童女像」のように片手にもって、撮影された。 一ときのざわめきが消えた。四辺は・・・ 宮本百合子 「百花園」
出典:青空文庫