・・・ 二 奉行の前に引き出された吉助は、素直に切支丹宗門を奉ずるものだと白状した。それから彼と奉行との間には、こう云う問答が交換された。 奉行「その方どもの宗門神は何と申すぞ。」 吉助「べれんの国の御若君、・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・署長は昔の名奉行のように、何か云い遺す事はないかと云う。巡査は故郷に母がある、と云う。署長はまた母の事は心配するな。何かそのほかにも末期の際に、心遺りはないかと云う。巡査は何も云う事はない、ピストル強盗を捉えたのは、この上もない満足だと云う・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ かつて、山神の社に奉行した時、丑の時参詣を谷へ蹴込んだり、と告った、大権威の摂理太夫は、これから発狂した。 ――既に、廓の芸妓三人が、あるまじき、その夜、その怪しき仮装をして内証で練った、というのが、尋常ごとではない。 十日を・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 欣弥さんはお奉行様じゃ、むむ、奥方にあらず、御台所と申そうかな。撫子 お支度が。(――いい由村越 さあ、小父さん、とにかくあちらで。何からお話を申して可いか……なにしろまあ、那室へ。七左 いずれ、そりゃ、はッはッはッ、・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・ そのころ、西国より京・江戸へ上るには、大阪の八軒屋から淀川を上って伏見へ着き、そこから京へはいるという道が普通で、下りも同様、自然伏見は京大阪を結ぶ要衝として奉行所のほかに藩屋敷が置かれ、荷船問屋の繁昌はもちろん、船宿も川の東西に数十・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ それは天意への絶対尊信と、その奉行のための使命の自覚と、同時代への関心と、祖国の愛護と、共存大衆への本能的悲愍につき動かされて、やむにやまれなかったのである。 同時代への関心を持たぬ普遍妥当の真理の把持者は落ち着いていられる。民族・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・実際に是の如き公私の中間者の発生は、栄え行こうとする大きな活気ある町には必要から生じたものであって、しかも猫の眼の様にかわる領主の奉行、――人民をただ納税義務者とのみ見做して居る位に過ぎぬ戦乱の世の奉行なんどよりは、此の公私中間者の方が、何・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ と早々石川様から御家来をもちまして、書面に認め、此の段町奉行所へ訴えました。正直の首に神宿るとの譬で、七兵衞は図らず泥の中から一枚の黄金を獲ましたというお目出度いお話でございます。・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・彼のしかばねは、屋敷の庭の片隅にうずめられ、ひとりの風流な奉行がそこに一本の榎を植えた。榎は根を張り枝をひろげた。としを経て大木になり、ヨワン榎とうたわれた。 ヨワン・バッティスタ・シロオテは、ロオマンの人であって、もともと名門の出・・・ 太宰治 「地球図」
・・・旧幕府の時開成所の教官となり、又外国奉行の通訳官となり、両度欧洲に渡航した。維新の後私塾を開いて生徒を教授し、後に東京学士会院会員に推挙せられ、ついで東京教育博物館長また東京図書館長に任ぜられ、明治十九年十二月三日享年六十三で歿した。秋坪は・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫