・・・優しい前髪と、すらりとした女らしい背とを持った子供だった。彼女が嫁いて来たばかりの頃は、大塚さんは湯島の方にもっと大きな邸を持っていたが、ある関係の深い銀行の破産から、他に貸してあったこの根岸の家の方へ移り住んだのだ。そういう時に成ると、お・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・綺麗な女らしい風呂敷。綺麗だから、結ぶのが惜しい。こうして坐って、膝の上にのせて、何度もそっと見てみる。撫でる。電車の中の皆の人にも見てもらいたいけれど、誰も見ない。この可愛い風呂敷を、ただ、ちょっと見つめてさえ下さったら、私は、その人のと・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・源蔵の妻よりもどこか品格がよくて、そうして実にまた、いかなる役者の女形がほんとうの女よりも女らしいよりもさらにいっそうより多く女らしく見える。女の人形の運動は男のよりもより多く細かな曲線を描くのはもとより当然であるが、それが人形であるために・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・最後の場面で自殺したナナが二人の男の手を握って二人の顔を見比べながら涙の中からうれしそうに笑って死んで行くところなどもやはりどうしても女らしいインタープレテーションだと思われておもしろかった。 十一 電話新選組 一種・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・さればいよいよ湯上りの両肌脱ぎ、家が潰れようが地面が裂けようが、われ関せず焉という有様、身も魂も打込んで鏡に向う姿に至っては、先生は全くこれこそ、日本の女の最も女らしい形容を示す時であると思うのである。幾世紀の洗練を経たる Alexandr・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・見馴れるに従ってカッフェーの女らしいところはいよいよなくなって、待合か日本料理屋の女中のような気がしてくるのであった。「お民、お前、どこか末広のような所にいたことはないのか。」と僕等の中の一人がきいた事がある。するとお民は赤坂の或待合に・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ あなたは心理学者でいらっしゃるから、そう思召しますでしょうが、あれなんぞが本当に女らしいいたしかたではございませんか。女と云うものは本当に衝動的なものでございますね。わたくし達は衝動に騙されて、咄嗟の間にいろんな事をいたします。そして・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・(雀百まで踊り忘さっきの女らしい細い声が取りなした。(女またその慓悍な声が刺すように云った。そしてまたしんとした。そして心配そうな息をこくりとのむ音が近くにした。富沢は蚊帳の外にここの主人が寝ながらじっと台所の方へ耳をすましているの・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・ こう理解して来ると、わたしたちの人間らしい協力において、男が男らしく活溌に生き、女が女らしい全能力を発揮して生きるためには、先ずそういう協力の可能がある社会条件をつくってゆくということが、協力の第一項にあらわれて来る。女が女らしく生き・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・ 万葉集を読んだ人は、誰でもあの詩歌の世界で、実にすなおに率直に男女の心持が流露されているのを知っているが、あのなかには沢山の可愛い女、美しい女、あでやかな女を恋い讚えた表現があるけれども、一つも女らしい女という規準で讚美されている女の・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
出典:青空文庫