・・・大阪言葉の女給である。上品な人である。私は、その人に五円しか無いことを言って、なるべくお酒をゆっくり持って来てくれるように、まじめにたのんだ。女の人も笑わずに、承知してくれた。一本呑むと酔って来て、つぎの一本を大至急たのんだ。女の人は、さか・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・黒の蝶ネクタイを固くきちんと結んだままで、女給たちにはついに一指も触れなかった。理智で切りきざんだ工合いの芸でなければ面白くないのです。文学のほうではアンドレ・ジッドとトオマス・マンが好きです、と言ってから淋しそうに右手の親指の爪を噛んだ。・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・あたしは、バアの女給だ。 部屋へはいると、善光寺助七が、部屋のまんなかに、あぐらをかいて坐っていた。青年と顔を見合せ、善光寺は、たちまち卑屈に、ひひと笑って、「あなたも、おどろいたでしょう? おれだって、まさに、腰を抜かしちゃった。・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・いところでも無いけれど、そこだったら、まえにもしばしば行っているのだから、私がこんな異様な風態をしていても怪しまれる事は無いであろうし、少しはお勘定を足りなくしても、この次、という便利もあるし、それに女給もいない酒だけの店なのだから、身なり・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・カフェの女給か。」「そうだといいんだけど、どうも、そうでもないようだ。おじいさんが君に、てれていたろう? 泊った事を、てれていたろう?」「わあっ! そうかあ。なあんだ。」佐野君は、こぶしをかためて、テーブルをどんとたたいた。もうこう・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・しかし食堂女給のような場合にもまた逆に服装が同一であるために個人の個性がかえって最も顕著に示揚されるようにも見える。清長型、国貞型、ガルボ型、ディートリヒ型、入江型、夏川型等いろいろさまざまな日本婦人に可能な容貌の類型の標本を見学するには、・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 女の風俗はカフェーの女給に似た和装と、酒場で見るような洋装とが多く、中には山の手の芸者そっくりの島田も交っている。服装のみならず、その容貌もまた東京の町のいずこにも見られるようなもので、即ち、看護婦、派出婦、下婢、女給、女車掌、女店員・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・カッフェーの女給はその頃にはなお女ボーイとよばれ鳥料理屋の女中と同等に見られていたが、大正十年前後から俄に勃興して一世を風靡し、映画女優と並んで遂に演劇女優の流行を奪い去るに至った。しかし震災後早くも十年を過ぎた今日では女給の流行もまた既に・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・本屋と女給とは職業が大分ちがっているが、しかし事に乗じて人の銭を奪去ろうと企てている事には変りがない。然り而して、こいつァ困った事になりやしたと、面色さながら土の如くになったのは唯是僕一人である。 僕とは何人ぞや。僕は文士である。政治家・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・化粧の様子はどうやら場末のカフェーにいる女給らしくも思われた。わたくしは枯蘆の中から化けて出た狐のような心持がして、しげしげと女の顔を見た。 電線の鳴る音を先立てて、やがて電車が来る。洋服の男が二人かけ寄って、ともどもに電車に乗り込む。・・・ 永井荷風 「元八まん」
出典:青空文庫