・・・「お絹ちゃんが今来るとさ。」と云った。「姉さんはまだ病気じゃないの?」「もう今日は好いんだとさ。何、またいつもの鼻っ風邪だったんだよ。」 浅川の叔母の言葉には、軽い侮蔑を帯びた中に、反って親しそうな調子があった。三人きょうだ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ それでもお嬢さんや坊ちゃんは顔を見合せているばかりです。おまけに二人はしばらくすると、こんな妙なことさえ云い出すのです。「どこの犬でしょう? 春夫さん。」「どこの犬だろう? 姉さん。」 どこの犬? 今度は白の方が呆気にとられま・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・こないだ友人とこへ行ったら、やっぱり歌を作るとか読むとかいう姉さんがいてね。君の事を話してやったら、「あの歌人はあなたのお友達なんですか」って喫驚していたよ。おれはそんなに俗人に見えるのかな。A 「歌人」は可かったね。B 首をすくめ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 同一年の、あいやけは、姉さんのような頷き方。「ああ。」 三「確か六七人もあったでしょう。」 お民は聞いて、火鉢のふちに、算盤を弾くように、指を反らして、「謹さん、もっとですよ。八月十日の新聞まで・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 犬張子が横に寝て、起上り小法師のころりと坐った、縁台に、はりもの板を斜めにして、添乳の衣紋も繕わず、姉さんかぶりを軽くして、襷がけの二の腕あたり、日ざしに惜気なけれども、都育ちの白やかに、紅絹の切をぴたぴたと、指を反らした手の捌き、波・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・うちの姉さんたらほんとに意地曲りですからネ。何という根性の悪い人だか、私もはアここのうちに居るのは厭になってしまった。昨日政夫さんが来るのは解りきって居るのに、姉さんがいろんなことを云って、一昨日お民さんを市川へ帰したんですよ。待つ人がある・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・わたしのためわたしのためと心配してくださる両親の意に背いては、誠に済まない事と思いますけれど、こればかりは神様の計らいに任せて戴きたい、姉さんどうぞ堪忍してください、わたしの我儘には相違ないでしょうが、わたしはとうから覚悟をきめています。今・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「じゃア、そうしておいて!」「お父さんはあるの?」「あります」「何をしている?」「下駄屋」「おッ母さんは?」「芸者の桂庵」「兄さんは?」「勧工場の店番」「姉さんは?」「ないの」「妹は?」「・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
のぶ子という、かわいらしい少女がありました。「のぶ子や、おまえが、五つ六つのころ、かわいがってくださった、お姉さんの顔を忘れてしまったの?」と、お母さまがいわれると、のぶ子は、なんとなく悲しくなりました。 月日は、ちょうど、う・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・「じゃ、明日、お姉さんのお墓へ、いっしょにゆこう。」と、勇ちゃんが、いいました。 翌日は、いいお天気でした。ふたりは、町を距たった、林の下にあった寺の墓地へまいりました。墓地は雪に埋まっていましたけれど、勇ちゃんは、木に見覚えがあっ・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
出典:青空文庫