・・・「あら、厭な姉さん!」「だって、本当なんだもの。束髪も気が変っていいのね」「結いつけないから変よ」 媼さんが傍から、「お光さんこそいつ見ても奇麗でおいでなさるよね。一つは身飾みがいいせいでもおありでしょうが、二三年前とちっと・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・と言いながら、手を叩いて女中を呼び、「おい姐さん、銚子の代りを……熱く頼むよ。それから間鴨をもう二人前、雑物を交ぜてね」 で、間もなくお誂えが来る。男は徳利を取り揚げて、「さあ、熱いのが来たから、一つ注ごう」 女も今度は素直に盃を受・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・組合でも出来るなら、さしずめ幹事というところで、年上の朋輩からも蝶子姐さんと言われたが、まさか得意になってはいられなかった。衣裳の裾なども恥かしいほど擦り切れて、咽喉から手の出るほど新しいのが欲しかった。おまけに階下が呉服の担ぎ屋とあってみ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・柳吉の父親に分ってもらうまで十年掛ったのだ。姉さんと言われたことも嬉しかった。だから、金はいったん戻す気になった。が無理に握らされて、あとで見ると百円あった。有難かった。そわそわして落ちつかなかった。 夕方、電話が掛って来た。弟の声だっ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・どてらのように身体に添っていない着物から「お姉さん」のような首が生えていた。その美しい顔は一と眼で彼女が何病だかを直感させた。陶器のように白い皮膚を翳らせている多いうぶ毛。鼻孔のまわりの垢。「彼女はきっと病床から脱け出して来たものに相違・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・「私も今一度で可いから是非お目にかかりたいと思いつづけては、彼晩の事を思い出して何度泣いたか知れません、……ほんとにお嫁になど行かないで兄さんや姉さんを手伝った方が如何なに可かったか今では真実に後悔していますのよ。」 大友は初めてお・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・「いいのよ、其様してお置きなさいよ、源ちゃん最早お寝み、」と客の少女は床なる九歳ばかりの少年を見て座わり乍ら言って、其のにこやかな顔に笑味を湛えた。「姉さん、氷!」と少年は額を少し挙げて泣声で言った。「お前、そう氷を食べて好いか・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・てりと白き丸顔の愛敬溢るるを何の気もなく瞻めいたるにまたもや大吉に認けられお前にはあなたのような方がいいのだよと彼を抑えこれを揚ぐる画策縦横大英雄も善知識も煎じ詰めれば女あっての後なりこれを聞いてアラ姉さんとお定まりのように打ち消す小春より・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「へえ、姉さんにも御褒美」 こうおげんが娘に言う時の調子には、まだほんの子供にでも言うような母親らしさがあった。「蛙がよく鳴くに」とその時、お新も耳を澄まして言った。「昼間鳴くのは、何だか寂しいものだなあし」「三吉や、お前は・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・「だって姉さんが邪魔をしてるんだもの」と風呂敷の中へ頭を入れる。「姉さんぐずぐずしてると背中が写ってしまいますよ」「はいはい」と、藤さんは笑いながら自分の隣へ移る。「兄さん、もっと真っ直ぐ」「私の顔が見えるの?」「見・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫