・・・げ去った事、京極の御屋形や鹿ヶ谷の御山荘も、平家の侍に奪われた事、北の方は去年の冬、御隠れになってしまった事、若君も重い疱瘡のために、その跡を御追いなすった事、今ではあなたの御家族の中でも、たった一人姫君だけが、奈良の伯母御前の御住居に、人・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・元姫君と云われた宗教の内室さえ、武芸の道には明かった。まして宗教の嗜みに、疎な所などのあるべき筈はない。それが、「三斎の末なればこそ細川は、二歳に斬られ、五歳ごとなる。」と諷われるような死を遂げたのは、完く時の運であろう。 そう云えば、・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・青天鵞絨の海となり、瑠璃色の絨氈となり、荒くれた自然の中の姫君なる亜麻の畑はやがて小紋のような果をその繊細な茎の先きに結んで美しい狐色に変った。「こんなに亜麻をつけては仕様がねえでねえか。畑が枯れて跡地には何んだって出来はしねえぞ。困る・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・行歩健かに先立って来たのが、あるき悩んだ久我どのの姫君――北の方を、乳母の十郎権の頭が扶け参らせ、後れて来るのを、判官がこの石に憩って待合わせたというのである。目覚しい石である。夏草の茂った中に、高さはただ草を抽いて二三尺ばかりだけれども、・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・「あ、あ、あ、姫君。踊って喧嘩はなりませぬ。うう、うふふ、蛇も踊るや。――藪の穴から狐も覗いて――あはは、石投魚も、ぬさりと立った。」 わっと、けたたましく絶叫して、石段の麓を、右往左往に、人数は五六十、飛んだろう。 赤沼の三郎・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 汽車に乗って、がたがた来て、一泊幾干の浦島に取って見よ、この姫君さえ僭越である。「ほんとうに太郎と言います、太郎ですよ。――姉さんの名は?……」「…………」「姉さんの名は?……」 女は幾度も口籠りながら、手拭の端を俯目・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
ある国に美しいお姫さまがありました。いつも赤い着物をきて、黒い髪を長く垂れていましたから、人々は、「赤い姫君」といっていました。 あるときのこと、隣の国から、お姫さまをお嫁にほしいといってきました。お姫さまは、その皇子をまだごらん・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・この音の流れて行く末にシャトーのバルコニーが現われて夢見るような姫君のやるせない歌の中にこの同じ主題が繰り返さるる。そうして最後のリフレーンで「イズンティット・ロマーン」まで歌った最後の「ティック」の代わりに、バルコンの下から忍びよるド・サ・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・に、ある高貴な姫君と身分の低い男との恋愛事件が暴露して男は即座に成敗され、姫には自害を勧めると、姫は断然その勧告をはねつけて一流の「不義論」を陳述したという話がある。その姫の言葉は「我命をおしむにはあらねども、身の上に不義はなし。人間と生を・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・の力に思い及ぶ時、この哀れなる朱と金箔と漆の宮殿は、その命の今日か明日かと危ぶまれる美しい姫君のやつれきった面影にも等しいではないか。 そもそも最初自分がこの古蹟を眼にしたのは何年ほど前の事であったろう。まだ小学校へも行かない時分ではな・・・ 永井荷風 「霊廟」
出典:青空文庫