・・・ と男は、白樺の蔭から一歩踏み出し、あやうく声を出しかけて、見ると、今しも二人の女が、拳銃持つ手を徐々に挙げて、発砲一瞬まえの姿勢に移りつつあったので、はっと声を呑んでしまいました。もとより、この男もただものでない。当時流行の作家であります・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・「君も少し姿勢がどうかならんかねえ。気を附けて見給え。損の行かない話だ。」 これは少し冤罪であった。勿論この銀行員の風采は、伯爵中尉と比べることは出来ない。しかし世間並から言えば、かなりの男振りで、立派に通用するのである。 ポル・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・老人はさっきのままの姿勢でいつまでも炉の火を見つめている。 二 森の中に沼がある。大きな白樺が五、六本折れ重なって倒れたまま朽ちかかっている。朽木の香があたりに立ち籠めている。 遠くで角笛の音がする。やが・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・ ……民衆の旗、赤旗は…… 一人の男は、跳び上るような姿勢で、手を振っている……と、お初は、思わず声をあげた。「アッ、利助が、あんた利助が?」 お初は、利平の腕をグイグイ引ッ張った。「ナニ利助?」 まったく! 目を瞠・・・ 徳永直 「眼」
・・・く車はすでに坂を下りて平地にあり、けれども毫も留まる気色がない、しかのみならず向うの四ツ角に立ている巡査の方へ向けてどんどん馳けて行く、気が気でない、今日も巡査に叱られる事かと思いながらもやはり曲乗の姿勢をくずす訳に行かない、自転車は我に無・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・Sport で鍛錬した、強壮なお体で、どんな女でも来てみろと云うお心持で、長椅子に掛けていらっしゃったあなたに失望いたしたので、昔の世慣れない姿勢の悪い青年でいらっしゃらないのに当惑いたしたのでございます。それで客間に這入り兼ねていました。・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・顔はすこし南向きになったままちっとも動かれぬ姿勢になって居るのであるが、そのままにガラス障子の外を静かに眺めた。時は六時を過ぎた位であるが、ぼんやりと曇った空は少しの風もない甚だ静かな景色である。窓の前に一間半の高さにかけた竹の棚には葭簀が・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・何だか手を気を付けの姿勢で水を出たり入ったりしているようで滑稽だ。先生も何だかわからなかったようだが漁師の頭らしい洋服を着た肥った人がああいるかですと云った。あんまりみんな甲板のこっち側へばかり来たものだから少し船が傾いた。風が出て・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ すこし行ってもう一度ふりかえったら、コリーはまだそこにいて、同じような姿勢のままこちらを凝っと見ているのであった。〔一九三九年十―十一月〕 宮本百合子 「犬三態」
・・・左右から内側へ曲げられた女の姿勢と、窓や羽目板の垂直の線と、浴槽の水平線と、――それで画が小気味よく統一せられている。さらに湯槽や、女の髪や、手や、口や、目や、乳首や、窓外の景色などに用いられた濃い色が色彩の単調を破るとともに、全体を引きし・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫