・・・それがまた幸いと、即座に話がまとまって、表向きの仲人を拵えるが早いか、その秋の中に婚礼も滞りなくすんでしまったのです。ですから夫婦仲の好かった事は、元より云うまでもないでしょうが、殊に私が可笑しいと同時に妬ましいような気がしたのは、あれほど・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・こんな目出たい婚礼に、泣いてばかりいてはすまないじゃないか?」「お爺さん。お前さんこそ泣いている癖に……」 × × ×小説家 もう五六枚でおしまいです。次手に残りも読んで見・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・いや、僕は今日でも高張り提灯を見るたびに婚礼や何かを想像するよりもまず戦争を思い出すのである。 三五 久井田卯之助 久井田という文字は違っているかもしれない。僕はただ彼のことをヒサイダさんと称していた。彼は僕の実家に・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・この玉をみつけた上は明日にでも御婚礼をしましょう」 と喜びがこみ上げて二人とも身をふるわせて神にお礼を申します。 これを見た燕はどんなけっこうなものをもらったよりもうれしく思って、心も軽く羽根も軽く王子のもとに立ちもどってお肩の上に・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・プラットフォームも婚礼に出迎の人橋で、直ちに婿君の家の廊下をお渡りなさるんだと思うと、つい知らず我を忘れて、カチリと錠を下しました。乳房に五寸釘を打たれるように、この御縁女はお驚きになったろうと存じます。優雅、温柔でおいでなさる、心弱い女性・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ と言うのは、このごろ忙しさに、不沙汰はしているが、知己も知己、しかもその婚礼の席に列った、従弟の細君にそっくりで。世馴れた人間だと、すぐに、「おお。」と声を掛けるほど、よく似ている。がその似ているのを驚いたのでもなければ、思い掛けず出・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・お前様婚礼の晩床入もしねえでその場ッからこっちへ追出されて、今じゃ月日も一年越、男猫も抱かないで内にばかり。敷居も跨がすなといういいつけで、吾に眼張とれというこんだから、吾ゃ、お前様の、心が思いやらるるで、見ているが辛いでの、どんなに断ろう・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
一 隣の家から嫁の荷物が運び返されて三日目だ。省作は養子にいった家を出てのっそり戻ってきた。婚礼をしてまだ三月と十日ばかりにしかならない。省作も何となし気が咎めてか、浮かない顔をして、わが家の門をくぐった・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「おのれこそ、婚礼の晩にテンカンを起して、顔に草鞋をのせて、泡を吹きよるわい」「おのれの姉は、元日に気が触れて、井戸の中で行水しよるわい」「おのれの女房は、眼っかちの子を生みよるわい」 などと、何れも浅ましく口拍子よかった中・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・ヤトナというのはいわば臨時雇で宴会や婚礼に出張する有芸仲居のことで、芸者の花代よりは随分安上りだから、けちくさい宴会からの需要が多く、おきんは芸者上りのヤトナ数人と連絡をとり、派出させて仲介の分をはねると相当な儲けになり、今では電話の一本も・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫