・・・デスデモーナのハンカチーフは、イヤゴーのその詭計の媒介物としてつかわれた。オセロの嫉妬をかきたてるために罪ふかい一枚の布きれとして利用される。デスデモーナはそのハンカチーフをぬすまれ、しかもそれを男にやったように、イヤゴーに仕組まれた。・・・ 宮本百合子 「デスデモーナのハンカチーフ」
・・・しかし、まとまるためには微妙きわまる媒介体がいるのよ。それは、理窟じゃないわ、ただの理窟じゃないわ。実に人間らしい情理が一つになったものだわ――そうでしょう?」 重吉の床のわきで羽織のほころびをつくろいながら、ひろ子はそんなことを熱心に・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 危険なる洋書が自然主義を媒介した。危険なる洋書が社会主義を媒介した。翻訳をするものは、そのまま危険物の受売をするのである。創作をするものは、西洋人の真似をして、舶来品まがいの危険物を製造するのである。 安寧秩序を紊る思想は、危険な・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・あとには男子に、短い運命を持った棟蔵と謙助との二人、女子に、秋元家の用人の倅田中鉄之助に嫁して不縁になり、ついで塩谷の媒介で、肥前国島原産の志士中村貞太郎、仮名北有馬太郎に嫁した須磨子と、病身な四女歌子との二人が残った。須磨子は後の夫に獄中・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・この新しい時代を代表するものは、政治化した土一揆や宗教一揆に現われているような民衆の運動、足軽の進出に媒介せられた新しい武士団の勃興、ひいては群雄の勃興である。ここではまず第一の民衆に視点を置いて、その中にどういう思想が動いていたかを問題と・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・我々はそれに媒介せられながらその媒介を忘れて直接に表現せられたものを見ることができる。著者の文章は、なお時々夾雑物を感じさせるとはいえ、著しくこの理想に近づいて来たように思う。これは著者の人格的生活における近来の進境を物語るものにほかならぬ・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
・・・人々は漱石に対する敬愛によって集まっているのではあるが、しかしこの敬愛の共同はやがて友愛的な結合を媒介することになる。人々は他の場合にはそこまで達し得なかったような親しみを、漱石のおかげで互いに感じ合うようになる。従ってこの集まりは友情の交・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・生の外現としての表情を媒介とすることなく、直接に作者の生が現われるのである。そのためには表情が殺されなくてはならない。ちょうど水墨画の溌剌とした筆触が描かれる形象の要求する線ではなくして、むしろ形象の自然性を否定するところに生じて来るごとく・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
・・・そこにおのずから、人形の首の運動が演技様式発展の媒介者として存することを見いだし得るであろう。 あるいはまた人形の肩の動作である。これもまた首の動作に連関して人形の構造そのものの中に重大な地位を占めている。人形使いはたとえば右肩をわずか・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
・・・手紙、伝言等の言語的表現がその媒介をしてくれる。しかしその場合にはただ相手の顔を知らないだけであって、相手に顔がないと思っているのではない。多くの場合には言語に表現せられた相手の態度から、あるいは文字における表情から、無意識的に相手の顔が想・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫