・・・その中には嬉しい記憶もあれば、むしろ忌わしい記憶もあった。が、どの記憶も今となって見れば、同じように寂しかった。「みんなもう過ぎ去った事だ。善くっても悪くっても仕方がない。」――慎太郎はそう思いながら、糊のにおいのする括り枕に、ぼんやり五分・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・これからは一人の主に身も心も献げ得る嬉しい境涯が自分を待っているのだ。 クララの顔はほてって輝いた。聖像の前に最後の祈を捧げると、いそいそとして立上った。そして鏡を手に取って近々と自分の顔を写して見た。それが自分の肉との最後の別れだった・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・そこで活字が嬉しいから、三枚半で先ず……一回などという怪しからん料簡方のものでない。一回五六枚も書いて、まだ推敲にあらずして横に拡った時もある。楽屋落ちのようだが、横に拡がるというのは森田先生の金言で、文章は横に拡がらねばならぬということで・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・無茶なことを云われて民子は心配やら嬉しいやら、嬉しいやら心配やら、心配と嬉しいとが胸の中で、ごったになって争うたけれど、とうとう嬉しい方が勝を占めて終った。なお三言四言話をするうちに、民子は鮮かな曇りのない元の元気になった。僕も勿論愉快が溢・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・「久し振りで君が尋ねて来て、今夜はとまって呉れるのやさかい、僕はこないに嬉しいことはない。充分飲んで呉れ給え」と、酌をしてくれた。「僕も随分やってるよ。――それよりか、話の続きを聴こうじゃないか?」「それで、僕等の後備歩兵第○聨・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・それでその遺物を遺すことができたと思うと実にわれわれは嬉しい、たといわれわれの生涯はドンナ生涯であっても。 たびたびこういうような考えは起りませぬか。もし私に家族の関係がなかったならば私にも大事業ができたであろう、あるいはもし私に金があ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・私は照れくさい思いがしたが、しかし、やはり私のような凡人は新聞に書かれると少しは嬉しいのか、その記事の文句をいまだにおぼえています。「既報“人生紙芝居”の相手役秋山八郎君の居所が奇しくも本紙記事が機縁となって判明した。四年前――昭和六年・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・そのことはあまり素直ではない私にとって少くとも嬉しいことです。 そして話はその娯楽場の驢馬の話になりました。それは子供を乗せて柵を回る驢馬で、よく馴れていて、子供が乗るとひとりで一周して帰って来るのだといいます。私はその動物を可愛いもの・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ お露を妻に持って島の者にならっせ、お前さん一人、遊んでいても島の者が一生養なって上げまさ、と六兵衛が言ってくれた時、嬉しいやら情けないやらで泣きたかった。 そして見ると、自分の周囲には何処かに悲惨の影が取巻ていて、人の憐愍を自然に・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・片隅からそれを見ていたおきのは、息子から、こうなれなれしく、呼びかけられたら、どんなに嬉しいだろうと思った。「坊っちゃんお帰り。」と庄屋の下婢は、いつもぽかんと口を開けている、少し馬鹿な庄屋の息子に、叮嚀にお辞儀をして、信玄袋を受け取っ・・・ 黒島伝治 「電報」
出典:青空文庫