・・・ いかに孝女でも悪所において斟酌があろうか、段々身体を衰えさして、年紀はまだ二十二というのに全盛の色もやや褪せて、素顔では、と源平の輩に遠慮をするようになると、二度三度、月の内に枕が上らない日があるようになった。 扱帯の下を氷で冷す・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・夕刊売り、やめろ。」夕刊売り。孝女白菊。雪の日のしじみ売り、いそぐ俥にたおされてえ。風鈴声。そのほかの、あざ笑いの言葉も、このごろは、なくなって、枕もとの電気スタンドぼっと灯って居れば、あれは五時まえ、消えて居れば、しめた五時半、ものも言わ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・と感じて、その感じには物でも憑いているのではないかという迷信さえ加わったので、孝女に対する同情は薄かったが、当時の行政司法の、元始的な機関が自然に活動して、いちの願意は期せずして貫徹した。桂屋太郎兵衛の刑の執行は、「江戸へ伺中日延」というこ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫