・・・何とまあ孩児の痛ましくさかぶぞい。じゃまあおやすみ」 彼れは器用に小腰をかがめて古い手提鞄と帽子とを取上げた。裾をからげて砲兵の古靴をはいている様子は小作人というよりも雑穀屋の鞘取りだった。 戸を開けて外に出ると事務所のボンボン時計・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・前名、矢田柳三。孩児の頃より既に音律を好み、三歳、痘を病んで全く失明するに及び、いよいよ琴に対する盲執を深め、九歳に至りて隣村の瞽女お菊にねだって正式の琴三味線の修練を開始し、十一歳、早くも近隣に師と為すべき者無きに至った。すぐに京都に上り・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・樹の下の小さなお堂の中に人形の基督孩児が寝ている。やがて背中に紗の翼のはえた、頭に金の冠を着た子供の天使が二人出て来て基督孩児の両側に立つ。天使の一人はたいへん咳が出て苦しそうで背中の翼がふるえているが、それでも我慢して一生懸命にすましてい・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・そういう新しい人間としてはわれわれはまだほんの孩児のようなものである。したがって期待されるものはニュース映画の将来である。演劇的映画などは一日一日に古くなっても、ニュース映画は日に日に新たに、永久に若き生命を保つであろうと思われる。そういう・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・「ドーモまだ孩児で……」と主婦が云った。この悲しげな微笑はいまだに忘れる事が出来ない。 またある日の事であった。隣室の医科の男が雪ちゃんに命じて杏を買って来さして二人で食っていた。自分は dy をやりながら聞くともなしに二人の対話を聞い・・・ 寺田寅彦 「雪ちゃん」
出典:青空文庫