・・・大阪は安井銀行、第三蔵庫の担保品。今度、同銀行蔵掃除について払下げに相成ったを、当商会において一手販売をする、抵当流れの安価な煙草じゃ、喫んで芳ゅう、香味、口中に遍うしてしかしてそのいささかも脂が無い。私は痰持じゃが、」 と空咳を三ツば・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・私を送って行った足で上りこむなり、もう嫌味たっぷりに、――高津神社の境内にある安井稲荷は安井さんといって、お産の神さんだのに、この子の母親は安井さんのすぐ傍で生みながら、産の病で死んでしまったとは、何と因果なことか……と、わざとらしく私の生・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
誰も知ってはいないのですが、――と四十一歳の安井夫人は少し笑って物語る。――可笑しなことがございました。私が二十三歳の春のことでありますから、もう、かれこれ二十年も昔の話でございます。大震災のちょっと前のことでございました・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・ 山下新太郎。 この人の絵にはかつていやな絵というものを見ない。しかし興奮もさせられない。長所であり短所である。時々は世俗のいわゆる大作を見せてくださる事を切望する。 安井會太郎。 「桐の花咲くころ」はこれまでの風景に比べて黄赤色が・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
安井氏の絵はだんだんに肩の凝りが解けて来たという気がする。同時にだんだん東洋人らしいところが出て来るように見える。もう一歩進むと結局南画のようなものに接近する可能性を持っているのではないかと思われる。あの裸体の少女でも、あ・・・ 寺田寅彦 「二科会その他」
・・・ 安井氏の絵がやはり目立って光っている。なんだか玉かろうせきを溶かしたもので描いてあるような気持がする。例えば、白ばらの莟の頭の少し開きかかった底の方に、ほのかな紅色の浮動している工合などでも、そういう感じを与える。デリベレイトに狙・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・坂本繁二郎氏のセガンチニを草体で行ったような牛の絵でも今見てもちっとも見劣りがしない。安井氏のを見ると同氏帰朝後三越かどこかであった個人展の記憶が甦って来て実に愉快である。山下氏のでも梅原氏のでも、近頃のものよりどうしても両氏の昔のものの方・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・ 最近、本を読んで暮すしか仕方のない生活に置かれていた時、私は偶然「安井夫人」という鴎外の書いた短い伝記を読む機会があった。ペルリが浦賀へ来た時代に大儒息軒先生として知られ、雲井龍雄、藤田東湖などと交友のあった大痘痕に片眼、小男であった・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・息子は体が弱くて、父である青鬼先生に佐分利流の稽古をつけられて度々卒倒するので、これは武術より学問へ進む方がよかろうということになって、二十歳前後には安井息軒についていたらしい。やがて洋学に志を立て、佐久間象山の弟子になって、西洋砲術の免許・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・その心もちをたいへん巧みに捕えて、片山哲氏は首相になると早々街頭録音に出かけるし、新橋のきわで安井都長官が芋苗を売る手伝いをするし、大変親しみ易い政府がはじまったようです。小包米とか赤ん坊の牛乳、姙産婦用ラードの配給、これは根本的な食糧問題・・・ 宮本百合子 「本当の愛嬌ということ」
出典:青空文庫