・・・正統的教養の楽園に安住する専門的物理学者の目から見れば、あまりに空想をたくましゅうした叙述が多かったように見えるかもしれない。 しかしこれらの空想にも、自分としては相当な物理学的実証の根拠は持っているつもりであるが、ここではこれについて・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・自分の知っている人の内でも、たぶんそうらしいと思われるほどの長時間をこの境地に安住している人はある。しかし寝坊をして出勤時間に遅れないように急いで用を足す習慣のものには、これもまた瞑想に適した環境ではない。 残る一つの「鞍上」はちょっと・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・また幾分は学問と反対の方面、すなわち俗に云う苦労をして、野暮を洗い落として、そうして再び野暮に安住しているところから起ったものと判断した。 そのうち、君は池辺君と露西亜の政党談をやり出した。大変興味があると見えて、いつまで立ってもやめな・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・ああここにおれの安住の地位があったと、あなた方の仕事とあなたがたの個性が、しっくり合った時に、始めて云い得るのでしょう。 これと同じような意味で、今申し上げた権力というものを吟味してみると、権力とは先刻お話した自分の個性を他人の頭の上に・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ トーマス・マン夫妻は、おりからスイスに講演旅行に出かけていてエリカとクラウスとは、もう一刻も安住すべきところでなくなったドイツを去る決心をなし、スイスの両親にそちらにとどまるようにと電報して、ただちにスイスのアローザへおもむいた。こう・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・大分県は私の見ただけのところでは小規模にちんまり安住しすぎ、鹿児島は明るく、人の気質が篤く覇気はあるらしいが、既成の或るものがある。日向にだけは、男神が甦生しても大して意外でない悠々さがある。 熊本は、寝て素通りしたから何も知らず、長崎・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・ 私には、たとい良人の形体は地上から消滅しても、彼の全部は、皆、彼との結婚後更生した自己の裡に、確に、間違いなく生きているのだ、という全我的の信仰、安住も持ち得ないのです。 現在、私の心を満し、霊魂を輝やかせ、生活意識をより強大にし・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・吉田首相は去年の秋頃、読売新聞の馬場社長と対談の中で、日本の将来について、先ず「外国人の安住の地に」したいと云う意味の事を話していました。私はその一言がどうしても忘れられません。日本は日本の人民の祖国であり、皆がそこで真面目に働いて、愛する・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・台湾、朝鮮のような植民地または中国、満州のような半植民地に発展していた人たちは、その土地と社会が本来は他の民族に属するものであって、そこで日本人は侵略者の立場をもっている事実を忘れた、優越感に安住していたのではなかったろうか。 一九四五・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・さと文学の真面目さとは必ずしも常に一つでないことは誰しも知っているわけだが、作品の今日の所謂真面目さは、真の文学の真面目に立つより、A子の真面目だわというところ、B氏の少くとも真面目だよというところに安住している形がつよい。作家の現実への精・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
出典:青空文庫