・・・ずっと年上であった相手のひとが、もう生活にくたびれかけていて、結婚生活ではひたすら安穏に、平和に順調な年から年へ日々がくりかえされることを望む心持であることがどうしても納得ゆかなかった。結婚生活こそ出発と思い、そのためにこそ貧窮もその身で知・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・の完成をも可能ならしめたもの、それはもとより当時の社会の条件と、彼女自身の堅忍であり、不撓な意志でもあるが、もう一歩つきつめてその堅忍や強靭な意志が何処から生れて来ていたかと考えてみれば、底には一身の安穏を忘れて科学の真実を愛し守る良人と妻・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
・・・ 日本の社会では確に洋画を女にならわせる親は進歩的であり、洋画そのものが、謂わばそれに従事する婦人の前進的な気質を示すものであろうが、時に、大体、それらの人々の経済的条件は、婦人画家たちに安穏なアトリエを与え、苦痛なしに絵具を買わせるよ・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・そして殉死者の遺族が主家の優待を受けるということを考えて、それで己は家族を安穏な地位において、安んじて死ぬることが出来ると思った。それと同時に長十郎の顔は晴れ晴れした気色になった。 四月十七日の朝、長十郎は衣服を改めて母の前に出て、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・佐野さんは親が坊さんにすると云って、例の殺生石の伝説で名高い、源翁禅師を開基としている安穏寺に預けて置くと、お蝶が見初めて、いろいろにして近附いて、最初は容易に聴かなかったのを納得させた。婿を嫌ったのは、佐野さんがあるからの事であった。安穏・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫