・・・だからもっと卑近な場合にしても、実生活上の問題を相談すると、誰よりも菊池がこっちの身になって、いろ/\考をまとめてくれる。このこっちの身になると云う事が、我々――殊に自分には真似が出来ない。いや、実を云うと、自分の問題でもこっちの身になって・・・ 芥川竜之介 「兄貴のような心持」
・・・我々は皆同じように実生活の木馬に乗せられているから、時たま『幸福』にめぐり遇っても、掴まえない内にすれ違ってしまう。もし『幸福』を掴まえる気ならば、一思いに木馬を飛び下りるが好い。――」「まさかほんとうに飛び下りはしまいな?」 から・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
久米は官能の鋭敏な田舎者です。 書くものばかりじゃありません。実生活上の趣味でも田舎者らしい所は沢山あります。それでいて官能だけは、好い加減な都会人より遥に鋭敏に出来上っています。嘘だと思ったら、久米の作品を読んでごら・・・ 芥川竜之介 「久米正雄氏の事」
・・・いや、口に出してそう言われるよりも、菊池のデリケートな思いやりを無言のうちに感じて、気強く思ったことが度々ある、だから、為事の上では勿論、実生活の問題でも度々菊池に相談したし、これからも相談しようと思っている。たゞ一つ、情事に関する相談だけ・・・ 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・が、勿論実生活の上では安全地帯の外に出ることはたった一度だけで懲り懲りしてしまった。 或自殺者 彼は或瑣末なことの為に自殺しようと決心した。が、その位のことの為に自殺するのは彼の自尊心には痛手だった。彼はピストルを手にし・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・その台所道具の象徴する、世智辛い東京の実生活は、何度今日までにお君さんへ迫害を加えたか知れなかった。が、落莫たる人生も、涙の靄を透して見る時は、美しい世界を展開する。お君さんはその実生活の迫害を逃れるために、この芸術的感激の涙の中へ身を隠し・・・ 芥川竜之介 「葱」
思想と実生活とが融合した、そこから生ずる現象――その現象はいつでも人間生活の統一を最も純粋な形に持ち来たすものであるが――として最近に日本において、最も注意せらるべきものは、社会問題の、問題としてまた解決としての運動が、い・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・第一の種類に属する人は、その人の生活全部が純粋な芸術境に没入している人で、その人の実生活は、周囲とどんな間隔があろうと、いっこうそれを気にしない。そうして自己独得の芸術的感興を表現することに全精力を傾倒するところの人だ。もし、現在の作家の中・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・空想文学に対する倦厭の情と、実生活から獲た多少の経験とは、やがて私しにもその新らしい運動の精神を享入れることを得しめた。遠くから眺めていると、自分の脱けだしてきた家に火事が起って、みるみる燃え上がるのを、暗い山の上から瞰下すような心持があっ・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 私達は実生活の上に於て、その場合、場合に面接して、この世の中というところが、どんなものであるかを切実に知り得たのです。 もう一つ、貧困の時代に、苦しめられたものは、病気の場合であります。手許に、いくらかの金がなくては、医者を迎える・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
出典:青空文庫