・・・まことにその名空しからで、流れの下にあたりて長々と川中へ突き出でたる巌のさま、彼の普賢菩薩の乗りもののおもかげに似たるが、その上には美わしき赤松ばらばらと簇立ち生いて、中に聖天尊の宮居神さびて見えさせ給える、絵を見るごとくおもしろし。川は巌・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・されどこの宮居に慣れたるまろうどたちは、こよいこれに心とどむべくもあらねば、前座敷にゆきかう人のおりおり見ゆるのみにて、足をとどむるものほとほとなかりき。 緋の淡き地におなじいろの濃きから草織り出だしたる長椅子に、姫は水いろぎぬの裳のけ・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・新年言志みことのりあやにかしこみかしこみてただしき心おこせ世の人廿七日の怪事件を聞きていざさらば都にのぼり九重の宮居守らん老が身なれど野老 こういう手紙が大晦日の晩についた。野老は小生の老父で、安・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫