・・・それらの運動は単純に家長的な立場から見られている女らしさの定義に反対するというだけではなくて、本当の女の心情の発育、表現、向上の欲求をも伴い、その可能を社会生活の条件のうちに増して行こうとするものであった。社会形成の推移の過程にあらわれて来・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・、時代性、そこに生じるさまざまの軋轢、抗争の価値を理解する筈の芸術家の生活の中でも、親子の関係は人間的先輩が次代の担いてである若い人間を観るという風に行っていない場合が多く、よきにせよ、あしきにせよ、家長風なものが尾を引いていることに注意を・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・聰明な伊達の家長たちは、その危険を十分に洞察した。伊達政宗がわざと大酔して空寝入りをし、自分の大刀に錆の出ていることを盗見させた逸話は有名である。伊達模様という一つの流行語が作られ、今日までそれは日本の生きた言葉としてのこっている。その源泉・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・民法が戸主の権利を縮小したからといって住宅難で若夫婦が父兄の家の一隅を借りていなければならないとき、資本主義社会で育ってきた人々の心持の中は、金銭問題や、義理がからんで、実際の封建的な家長の気分はのけられません。住宅問題は、政府の空手形の標・・・ 宮本百合子 「今度の選挙と婦人」
・・・斯様な批評を下す人は従来日本の女性が魂まで殺戮されて来た半婢半娼の待遇を、家長――男性の女性に対すべき態度だと思い、その無自覚な沈黙と奴隷的な服従とを女性の誇るべき美徳と妄信する輩でございます。彼の渾沌たる智は、「今」に発育しつつある文明の・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・純文学作品は売れないというのが一般の常識で、しかもジャーナリズムが純文学に提供する場面には制限があり、生活的には殆ど大部分の作家たちが中年に達した家長として経済の負担を痛感し始めた時期であった。昭和十一年二月二十六日の事は、更に複雑な意味で・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 家屋の仕事だから、所謂家庭的な空気が負担で、家長的、父的位置と芸術家の心の自在な動きが撞着して、一層の孤立のため旅へ出るとして、やはり家をちゃんとしてくれる女が必要であろう。 文学の仕事と文学を職業とするということの間に矛盾があっ・・・ 宮本百合子 「職業のふしぎ」
・・・が字にかかれる時代には、ギリシアにも、もう家長制度というものが出来上っていたことを示している。ギリシアは自由な国であるとされ、ギリシアの文化はヨーロッパ文明の泉となったけれども、その自由、その文化は奴隷制の上に立っていた。奴隷が畠を耕し織物・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・つまり我々が眼にしている普通の家庭というものは、家長はおやじ。それでおやじが家族のお母さんや子供の世話を見る。おやじが一旦死んで、財産がなかったら親類の世話になる。家長というものに絶対責任を置いて、死んだら子供が路頭に迷う。それがつまり全然・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
封建社会のモラルは、日本でもヨーロッパでも、簡単な善と悪とのふたすじにわけられていた。そこでは、君主、家長の絶対権力をより維持しやすくする考え方や行動が善であり、その反対に、支配者の絶対権に何かの不安や疑問をさしはさむこと・・・ 宮本百合子 「地球はまわる」
出典:青空文庫