・・・ 岡本は容易に坐に就かない。見廻すとその中の五人は兼て一面識位はある人であるが、一人、色の白い中肉の品の可い紳士は未だ見識らぬ人である。竹内はそれと気がつき、「ウン貴様は未だこの方を御存知ないだろう、紹介しましょう、この方は上村君と・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・この闘いは今日の場合では大概は容易ならぬ苦闘だからだ。しかしこれは協同する真心というので、必ずしも働く腕、才能をさすのではない。妻が必ず職業婦人になって、夫の収入に加えねばならぬというのではない。働く腕、金をとる才能のあることがかえって夫婦・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ ある時、与助は、懐中に手を入れて子供に期待心を抱かせながら、容易に、肝心なものを出してきなかった。「なに、お父う?」「えいもんじゃ。」「なに?……早ようお呉れ!」「きれいな、きれいなもんじゃぞ。」 彼は、醤油樽に貼・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・準備さえ水桶の中に致しておけば、容易に至難の作品でも現わすことが出来る。もとより同人の同作、いつわり、贋物を現わすということでは無い。」と低い声で細々と教えてくれた。若崎は唖然として驚いた。徳川期にはなるほどすべてこういう調子の事が行わ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・軍隊の組織は悪人をして其凶暴を逞しくせしむること、他の社会よりも容易にして正義の人物をして痴漢と同様ならしむるの害や、亦他の社会に比して更に大也、何となれば陸軍部内は××の世界なれば也。威権の世界なれば也、階級の世界なれば也。服従の世界なれ・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・大吉の目に入りおふさぎでござりまするのとやにわに打ちこまれて俊雄は縮み上り誠恐誠惶詞なきを同伴の男が助け上げ今日観た芝居咄を座興とするに俊雄も少々の応答えが出来夜深くならぬ間と心むずつけども同伴の男が容易に立つ気色なければ大吉が三十年来これ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・殿「なれども上から拝領するは容易ならんことだよ」七「へえ……大きなもんですな、これは幾許ぐらいのものですな」殿「それは何んだの相場によって違うが、大抵二十五両ぐらいの通用のものである」七「へえ一枚二十五両ッ……これが一枚あれ・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・ 私たちがしきりにさがした借家も容易に見当たらなかった。好ましい住居もすくないものだった。三月の節句も近づいたころに、また私は次郎を連れて一軒別の借家を見に行って来た。そこは次郎と三郎とでくわしい見取り図まで取って来た家で、二人ともひど・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・しばらく待ってみても容易にふたたび顔を出さない。蒲団の更紗へ有明行灯の灯が朧にさして赤い花の模様がどんよりとしている。 何だか煮えきらない。藤さんが今度来たのはどうしたのだというのか。何かおもしろくない事情があるのであろうか。小母さんは・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 私共が言葉で自分達の考えを表す時、仲だちとなるものは容易に見つかりません。大抵の場合不確な考えの翻訳と云う順序を踏まなければならず、為に、私共は、よく間違って仕舞います。 けれども、スバーの黒い眼には、何の翻訳もいりませんでした。・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
出典:青空文庫