・・・ 七 それから二三日経ったある夜、お蓮は本宅を抜けて来た牧野と、近所の寄席へ出かけて行った。 手品、剣舞、幻燈、大神楽――そう云う物ばかりかかっていた寄席は、身動きも出来ないほど大入りだった。二人はしばらく・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・「閣下は今夜も七時から、第×師団の余興掛に、寄席的な事をやらせるそうだぜ。」「寄席的? 落語でもやらせるのかね?」「何、講談だそうだ。水戸黄門諸国めぐり――」 穂積中佐は苦笑した。が、相手は無頓着に、元気のよい口調を続けて行・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・色紙、短冊でも並びそうな、おさらいや場末の寄席気分とは、さすが品の違った座をすすめてくれたが、裾模様、背広連が、多くその席を占めて、切髪の後室も二人ばかり、白襟で控えて、金泥、銀地の舞扇まで開いている。 われら式、……いや、もうここで結・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
「しゃッ、しゃッ、しゃあっ!……」 寄席のいらっしゃいのように聞こえるが、これは、いざいざ、いでや、というほどの勢いの掛声と思えば可い。「しゃあっ! 八貫―ウん、八貫、八貫、八貫と十ウ、九貫か、九貫と十ウだ、……十貫・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 近頃はただ活動写真で、小屋でも寄席でも一向入りのない処から、座敷を勤めさして頂く。「ちょいと嬰児さんにおなり遊ばせ。」 思懸けない、その御礼までに、一つ手前芸を御覧に入れる。「お笑い遊ばしちゃ、厭ですよ。」と云う。「こ・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・であって、驚くべき奇才であるとは認めていたが、正直正太夫という名からして寄席芸人じみていて何という理由もなしに当時売出しの落語家の今輔と花山文を一緒にしたような男だろうと想像していた。尤もこういう風采の男だとは多少噂を聞いていたが、会わない・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・その時分はマダ今ほど夫婦連れ立って歩く習慣が流行らなかったが、沼南はこの艶色滴たる夫人を出来るだけ極彩色させて、近所の寄席へ連れてったり縁日を冷かしたりした。孔雀のような夫人のこの盛粧はドコへ行っても目に着くので沼南の顔も自然に知られ、沼南・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ その頃の書生は今の青年がオペラやキネマへ入浸ると同様に盛んに寄席へ通ったもので、寄席芸人の物真似は書生の課外レスンの一つであった。二葉亭もまた無二の寄席党で、語学校の寄宿舎にいた頃は神保町の川竹の常連であった。新内の若辰が大の贔負で、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・「ええ、お上さんのことはそんなによく知りませんが、でも寄席へなぞ金さんと一緒に来てなすって、あれがお光さんという清元の上手な娘だって、友達から聞いたことはありますんで……金さんも何でしょう、昔馴染みてえので、今でもお上さんが他人のように・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・そして、ああこれで清々したという顔でおきみ婆さんが寄席へ行ってしまうと、間もなく父も寄席の時間が来ていなくなり、私はふと心細い気がしたが、晩になると、浜子は新次と私を二つ井戸や道頓堀へ連れて行ってくれて、生れてはじめて夜店を見せてもらいまし・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫