・・・ 小春は密と寄添うた。「姉ちゃん、お父ちゃんが、お父ちゃんが、目が見えなくなるから、……ちょっと姉ちゃんを見てえってなあ。……」 西行背負の風呂敷づつみを、肩の方から、いじけたように見せながら、「姉ちゃん、大すきな豆の餅を持・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 娘は黙ってうなずくと、そっと小沢の方へ寄り添うて来た。 小沢は身動きもしなかった。指一本動かさなかった。そして、「君は今まで……」 と、思わず野暮な声になって言った。「男と宿やへ来たことがあるのか」「え……?」・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 大友とお正は何時か寄添うて歩みながらも言葉一ツ交さないでいたが、川村の連中が遠く離れて森の彼方で声がする頃になると、「真実に貴下はお可哀そうですねエ」と、突然お正は頭を垂れたまま言った。「お正さん、お正さん?」「ハイ」とお・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・それを知っていながら、嘉七は、わざとかず枝にぴったり寄り添うて人ごみの中を歩いた。自身こんなに平気で歩いていても、やはり、人から見ると、どこか異様な影があるのだ。嘉七は、かなしいと思った。三越では、それからかず枝は、特売場で白足袋を一足買い・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・それは、ポーラとの結婚を祝する座員ばかりの水入らずの宴会の席で、ポーラがふざけて雌鶏のまねをして寄り添うので上きげんの教授もつり込まれて柄にない隠し芸のコケコーコーを鳴いてのける。その有頂天の場面が前にあるので、後に故郷の旧知の観客の前で無・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ただ寄り添うばかりでなく、二人よったことで二つの人間としての善意をもっと強いものにし、世俗的な意味ばかりでなしに生活の向上をさせて行きたいと思う人々も多いに相異ない。結婚によって自分の職業もやめ、一躍有閑夫人めいた生活に入りたいという希望を・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
出典:青空文庫