・・・男は腰巻き一つで、うちわを使いながら、湯の番人の坐っている番台のふちに片手をかけて女に向うと、女はまた、どこで得たのか、白い寒冷紗の襞つき西洋寝巻きをつけて、そのそばに立ちながら涼んでいた。湯あがりの化粧をした顔には、ほんのりと赤みを帯びて・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・俺は貧乏人だから絹が買えないといって、寒冷紗の裏へ黄土を塗って地獄変相図を極彩色で描いた。尤も極彩色といっても泥画の小汚い極彩色で、ことさらに寒冷紗へ描いた処に椿岳独特のアイロニイが現れておる、この画は守田宝丹が買ったはずだから、今でも宝丹・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ ベッドの上に掛け回したまっ白な寒冷紗の蚊帳の中にB教授の静かな寝顔が見えた。枕上の小卓の上に大型の扁平なピストルが斜めに横たわり、そのわきの水飲みコップの、底にも器壁にも、白い粉薬らしいものがべとべとに着いているのが目についた。 ・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
出典:青空文庫