・・・果せる哉、鴎外は必定私が自己吹聴のため、ことさらに他人の短と自家の長とを対比して書いたものと推断して、怫然としたものと見える。 その次の『柵草紙』を見ると、イヤ書いた、書いた、僅か数行に足らない逸話の一節に対して百行以上の大反駁を加えた・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・コーヘンの『純粋意志の倫理学』と、ギヨーの『義務と制裁のない倫理学』とを比較するならば、その個性の対比は文芸作品の個性の差異の如くいちじるしい。所詮倫理学は死せる概念の積木細工ではなくして、活きた人間存在の骨組みある表現なのである。この骨組・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・それが下宿屋の荒涼な環境との対比であるにしても少しあくが強すぎるような気がするがそこがドイツ向きなところかもしれない。ここの楽屋で始終影のようにつきまとう一人の道化師がある。これが不思議な存在である。断えず出入りしているが劇中の人には見えな・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・とを対比させて見れば、後者のほうが前者よりもより多く創作的であり、前者のほうがひと山百文の模造物への中間にあるものと考えられるであろう。 ただいわゆる「創作」は概して言えばだいたいに「話の筋」が通っており、数行のレジュメで要約されるスト・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・それがただ一匹で泳いでいるのが、このいったいににぎやかな周囲の光景に対比していかにもさびしそうに見えた。自分がそれを指さして「さびしそうだねえ」と言ったら、友人の哲学者は「どうも少し病的のようだ」と答えた。魚が病的だというのか、そういうこと・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・人々の不思議はこの対比から来ることは明らかである。 三つ同じという場合だけを特に取り出して一方に祭り上げ、同じでないというのを十把ひとからげに安く踏んで同じ所へ押し込んでしまうということは、抽象的な立場からは無意味であるにかかわらず人間・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ことに今年は実際に小春の好晴がつづき、その上にこの界隈の銀杏の黄葉が丁度その最大限度の輝きをもって輝く時期に際会したために、その銀杏の黄金色に対比された青空の色が一層美しく見えたのかもしれない。 そういうある日の快晴無風の午後の青空の影・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・他の多くの演奏者と対比した時にいっそう何かしら全くちがったいい感じがした。 まっ黒なピアノに対して童顔金髪の色彩の感じも非常に上品であったが、しかしそれよりもこの人の内側から放射する何物かがひどく私を動かした。 平たく言えば私はその・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・これは一見はなはだしく奇抜な対比のように聞こえるであろうが、しかし自分が以下に述べんとする諸点を正当に理解される読者にとってはこうした一見奇怪な見方が決して奇怪でないことを了解されるであろうと思われる。 日本人のこうした自然観がどうして・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・たとえば第一の部分がある旋律によって表わされた一つの主題であるとすれば、第二の部分はこれと照応しまた対比さるべきものであり、これに次いで来る第三すなわち終局部では再び前の主題が繰り返される。またソナタ形式ならば、第一主題、第二主題の次にいわ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫