・・・が耕吉のほかにもう一人十二三とも思われる小僧ばかりは、幾回の列車の発着にも無頓着な風で、ストーヴの傍の椅子を離れずにいた。小僧はだぶだぶの白足袋に藁草履をはいて、膝きりのぼろぼろな筒袖を着て、浅黄の風呂敷包を肩にかけていた。「こらこら手・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・小鳥を飼っている近くの散髪屋の小僧だと思う。行一はそれに軽い好意を感じた。「まあほんとに口笛だわ。憎らしいのね」 朝夕朗々とした声で祈祷をあげる、そして原っぱへ出ては号令と共に体操をする、御嶽教会の老人が大きな雪達磨を作った。傍に立・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ そこでまたこうも思った、何もそう固まるには及ばない、気になるならなるで、ちょっと見て烏か狐か盗賊か鬼か蛇かもしくは一つ目小僧か大入道かそれを確かめて、安心して画いたがよサそうなものだ、よろしいそうだと振り向こうとしたが、残念でたまらな・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 息子は、今、醤油屋の小僧にやられている。 黒島伝治 「電報」
・・・平井権八も鼠小僧も、死刑となった。白木屋お駒も八百屋お七も、死刑となった。ペロプスカヤもオシンスキーも、死刑となった。王子比干や商鞅も韓非子も高青邱も、呉子胥や文天祥も、死刑となった。木内宗五も吉田松陰も雲井竜雄も、江藤新平も赤井景韶も富松・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・時には白いハンケチで鼠を造って、それを自分の頭の上に載せて、番頭から小僧まで集まった仕事場を驚かしたこともある。あんなことをして皆を笑わせた滑稽が、まだまだ自分の気の確かな証拠として役に立ったのか、「面白いおばあさんだ」として皆に迎えられた・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・この男は火の目小僧という名まえでした。 三 王子はこんなめずらしい男を三人まで家来にかかえたので、大とくいになって、どんどん歩いていきました。そのかわりこれまでとちがって、三人をやしなうのに、大そうなお金がかかり・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・五人女にも、於七が吉三のところへ夜決心してしのんで行って、突如、からからと鈴の音、たちまち小僧に、あれ、おじょうさんは、よいことを、と叫ばれ、ひたと両手合せて小僧にたのみいる、ところがあったと覚えているが、あの思わざる鈴の音には読むものすべ・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・黒谷とか金閣寺とかいう所へ行くと、案内の小僧さんが建築の各部分の什物の品々の来歴などを一々説明してくれる。その一種特別な節をつけた口調も田舎者の私には珍しかったが、それよりも、その説明がいかにも機械的で、言っている事がらに対する情緒の反応が・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・「お絹ばあちゃがお弟子にお稽古をつけているのを、このちびさんが門前の小僧で覚えてしまうて……」祖母は気だるそうに笑っていた。 それがすむと、また二つばかり踊ってみせた。御褒美にバナナを貰って、いつか下へおりていった。「ここでも書・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫