・・・ 隙を見て雑踏する車道を突きり、例の桃色塗の料理店の下に立った。電車はまだ彼方の遠い角にも姿を現わさない。 群集の間から、私は、自分がそれて通った彼方側の街頭を眺めやった。 小刻みに上下に揺れ揺れ流れ動く人波の上に、此処からでも・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ 陰気な、表に向った窓もない二階建の小家の中からは、カンカン、カンカンと、何か金属細工をして居る小刻みな響が伝って来る。一方に、堂々たる石塀を繞し、一寸見てはその中の何処に建物が在るか判らない程宏大な家が、その質屋だと云うのである。・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・が、一疋の空腹な雀は、小屋の前に降りると小刻みに霜を蹴りつつ、垂れ下った筵戸の隙間から小屋の中へ這入っていった。 中では、安次が蒲団から紫色の斑紋を浮かばせた怒った肩をそり出したまま、左右に延ばした両手の指を、縊られた鶴の爪のように鋭く・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫