・・・僕はこれを見た時にも、「なるほど、竹筒でも好いはずだ」と思った。それから――いつか僕の家の門の前に佇んでいた。 古いくぐり門や黒塀は少しもふだんに変らなかった。いや、門の上の葉桜の枝さえきのう見た時の通りだった。が、新らしい標札には「櫛・・・ 芥川竜之介 「死後」
・・・傍に青芒が一叢生茂り、桔梗の早咲の花が二、三輪、ただ初々しく咲いたのを、莟と一枝、三筋ばかり青芒を取添えて、竹筒に挿して、のっしりとした腰つきで、井戸から撥釣瓶でざぶりと汲上げ、片手の水差に汲んで、桔梗に灌いで、胸はだかりに提げた処は、腹ま・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・――俗に、豆狸は竹の子の根に籠るの、くだ狐は竹筒の中で持運ぶのと言うんですが、燈心で釣をするような、嘘ばっかり。出も、入りも出来るものか、と思っていましたけれども、あの太さなら、犬の子はすぽんと納まる。……修善寺は竹が名物だろうか、そういえ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・けれども、蚤か、しらみ、或いは疥癬の虫など、竹筒に一ぱい持って来て、さあこれを、お前の背中にぶち撒けてやるぞ、と言われたら、私は身の毛もよだつ思いで、わなわなふるえ、申し上げます、お助け下さい、と烈女も台無し、両手合せて哀願するつもりでござ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・底に当たる節の隔壁に錐で小さな穴を明けておいて開いた口を吸うと羊羹の棒がなめらかに抜け出して来る、それを短く歯でかみ切って食う、残りの円筒形の羊羹はちょっと吹くとまた竹筒の底に落ち着くのである。また吸い出しては食い切る。きたないと言えばきた・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・訝りながら床をはなれて忍藻の母は身繕いし、手早く口を漱いて顔をあらい、黄楊の小櫛でしばらく髪をくしけずり、それから部屋の隅にかかッている竹筒の中から生蝋を取り出して火に焙り、しきりにそれを髪の毛に塗りながら。「忍藻いざ早う来よ。蝋鎔けた・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・東北なまりで、礼をのべる小柄な栖方の兄の頭の上の竹筒から、葛の花が垂れていた。句会に興味のなさそうなその兄は、間もなく、汽車の時間が切れるからと挨拶をして、誰より先に出ていった。「橙青き丘の別れや葛の花」 梶はすぐ初めの一句を手帖に・・・ 横光利一 「微笑」
・・・そこは伯母の家で、竹筒を立てた先端に、ニッケル製の油壺を置いたランプが数台部屋の隅に並べてあった。その下で、紫や紅の縮緬の袱紗を帯から三角形に垂らした娘たちが、敷居や畳の条目を見詰めながら、濃茶の泡の耀いている大きな鉢を私の前に運んで来てく・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫