・・・ラプンツェルは泣きながらも、その歌を小耳にはさみ、ふっと素張らしい霊感に打たれました。ラプンツェルは、自分の美しい髪の毛を、二まき三まき左の手に捲きつけて、右の手に鋏を握りました。もう今では、ラプンツェルの美事な黄金の髪の毛は床にとどくほど・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ わたくしの父は、生前文部省の役人で一時帝国大学にも関係があったので、わたくしは少年の頃から学閥の忌むべき事や、学派の軋轢の恐るべき事などを小耳に聞いて知っていた。しかしこれは勿論わたくしが三田を去った直接の原因ではない。わたくしの友人・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・爪の先、指、小耳、そんなところは前よりも娘らしい美くしさになって肩つきも丸くなって居た。今夜はどうせ明日は学校もないしするからって私達は卓子の上にいっぱい本を積んでお互に袴をはいて居る時の様な気持でかおをほてらして話し合った。十時頃、あの人・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・と云って居るのを小耳にはさむと、小供の守位にして置けばいいのに、どんなにかひねっこびれた子になるだろうと思い思いして居た。 一番総領が十三になる孝ちゃんと云う男の子で次が六つか七つの女の子、あとに同じ様な男だか女だか分らない小さいのが二・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・こんな事をいって居るのを小耳にはさんでクスリと肩を一ゆすりしてきりぬきのゴッチャゴチャになげ込んである襖のない戸棚の前に丸くなって座った。かたそうかとも思うけれ共めんどうくさくもあるし、と思って何か気に入ったのはあるまいかと思ってしわクチャ・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・五つか六つの時、孫の薬とりに行った老婆が、電信柱に結びつけられ兵隊に剣付鉄砲で刺殺されたと云う、日比谷の焼打ちの時か何かの風聞を小耳に挟んで以来、戒厳令と云うことは、私に何とも云えない暗澹と惨虐さとを暗示するのだ。私は、一時に四方の薄暗さと・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫