・・・ 自分の夫の良吉にかくして小銭をためたり、息子の恭二と父子が出かけたあとは食事時の外大抵は、方々と話し歩いて居るお金が、たまらなく小憎らしかった。 みじかい袂に、袂糞と一緒くたに塩豆を入れたりして居る下等な姑から、こんな小言はききた・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・「立ててもよくてよ」「行って来る方が雑作ない」 愛が風呂場で石鹸箱をタウルに包んで居る間に、禎一は二階へ蟇口をとりに登った。彼は軈て、ドタドタ勢よく階子をかけ降りざま、玄関に出た。「小銭がなあいよ」 愛は、「偉い元気・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・こりゃ読む者が、その中から小銭を見つけ出さなけりゃならない塵塚だ、とね。誰かがそいつを見つけるかも知れん。だが、見つけられねえかもしれん。小説はまるで芝居で最後の幕がしまるように終ってる。作者の言葉は、重っ苦しい。大衆の会話は――長談議だ。・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・時によると、私の小さい紫鞣の財布には、電車の切符と一円足らずの小銭しか入っていない時さえある。それでも、穿きなれた、歩き心地のよい下駄で、午後の乾いた銀座の鋪道を歩いて行くと、私は愉快になり、幸福にさえなった。一体昼の銀座は夜とはまるで違う・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・ 砂糖が二銭上ったと云いながら黄色い大黒のついた財布を出して少し震える手で小銭をかぞえて縁側にならべる。しゃぼんを一銭まけさせたと手柄顔に話す。 帰る時にミノルカが生んだのだと云う七面鳥の卵ほど大きい卵を二つくれた。東京ではとうてい・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫