・・・そこで彼等はまず神田の裏町に仮の宿を定めてから甚太夫は怪しい謡を唱って合力を請う浪人になり、求馬は小間物の箱を背負って町家を廻る商人に化け、喜三郎は旗本能勢惣右衛門へ年期切りの草履取りにはいった。 求馬は甚太夫とは別々に、毎日府内をさま・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ここにその任命を公表すれば、桶屋の子の平松は陸軍少将、巡査の子の田宮は陸軍大尉、小間物屋の子の小栗はただの工兵、堀川保吉は地雷火である。地雷火は悪い役ではない。ただ工兵にさえ出合わなければ、大将をも俘に出来る役である。保吉は勿論得意だった。・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・、次第々々に隙にはなる、融通は利かず、寒くはなる、また暑くはなる、年紀は取る、手拭は染めねばならず、夜具の皮は買わねばならず、裏は天地で間に合っても、裲襠の色は変えねばならず、茶は切れる、時計は留る、小間物屋は朝から来る、朋輩は落籍のがある・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・酸漿屋の店から灯が点れて、絵草紙屋、小間物店の、夜の錦に、紅を織り込む賑となった。 が、引続いた火沙汰のために、何となく、心々のあわただしさ、見附の火の見櫓が遠霞で露店の灯の映るのも、花の使と視めあえず、遠火で焙らるる思いがしよう、九時・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 或る料理屋の女将が、小間物屋がばらふの櫛を売りに来た時、丁度半纏を着て居た。それで左手を支いて、くの字なりになって、右手を斜に高く挙げて、ばらふの櫛を取って、透かして見た。その容姿は似つかわしくて、何ともいえなかったが、また其の櫛の色・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・ 古靴屋の手に靴は穿かぬが、外套を売る女の、釦きらきらと羅紗の筒袖。小間物店の若い娘が、毛糸の手袋嵌めたのも、寒さを凌ぐとは見えないで、広告めくのが可憐らしい。 気取ったのは、一軒、古道具の主人、山高帽。売っても可いそうな肱掛椅子に・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・芋を売る店があり、小間物屋があり、呉服屋があった。「まからんや」という帯専門のその店の前で、浜子は永いこと立っていました。 新次はしょっちゅう来馴れていて、二つ井戸など少しも珍らしくないのでしょう、しきりに欠伸などしていたが、私はしびれ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・そしてそれはその五六年も前吉田の父がその学校へ行かない吉田の末の弟に何か手に合った商売をさせるために、そして自分達もその息子を仕上げながら老後の生活をしていくために買った小間物店で、吉田の弟はその店の半分を自分の商売にするつもりのラジオ屋に・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・熊吉が姉を連れて行って見せたところは、直次の家から半町ほどしか離れていないある小間物屋の二階座敷で、熊吉は自分用の仮の仕事場に一時そこを借りていた。そこから食事の時や寝る時に直次の家の方へ通うことにしてあった。「でも秋らしくなりましたね・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・そう言われて見ると、あの旗の玩具は、戦争中はどこの小間物屋にでも、必ずあったものなのに、このごろは影を消してしまったようだね。せめて子供にだけでも、あの旗を持たせて遊ばせてやりたいと思うんだけど、やっぱりだめなのかねえ。睦子にそこんところを・・・ 太宰治 「冬の花火」
出典:青空文庫