・・・尤もこういう痼癖がしばしば大きな詩や哲学を作り出すのであるが、二葉亭もまたこの通有癖に累いされ、直線に屈曲を見出し平面に凹凸を捜し出して苦んだり悶いたりした。坦々砥の如き何間幅の大通路を行く時も二葉亭は木の根岩角の凸凹した羊腸折や、刃を仰向・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・中川は四十九曲りといわれるほど蜿蜒屈曲して流れる川で、西袋は丁度西の方、即ち江戸の方面へ屈曲し込んで、それからまた東の方へ転じながら南へ行くところで、西へ入って袋の如くになっているから西袋という称も生じたのであろう。水は湾わんわんと曲り込ん・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・女の子の財布には、その子供自身で針金ねじ曲げてこしらえた指輪なんかがはいっていて、その不手際の、でこぼこした針金の屈曲には、女の子のうんうん唸って、顔を赤くして針金ねじ曲げた子供の柔かいちからが、そのまま、じかに残っていて、彎曲のくぼみくぼ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・桃色珊瑚ででも彫刻したようで、しかもそれよりももっと潤沢と生気のある多肉性の花弁、その中に王冠の形をした環状の台座のようなものがあり、周囲には純白で波形に屈曲した雄蕊が乱立している。およそ最も高貴な蘭科植物の花などよりも更に遥かに高貴な相貌・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・それから五つの煙の塊が空中に描く屈曲した線が色々の星座のような形をして、またそれが垂直に近くなったり、水平に近く出たり、あるいは色々な角度に傾斜するのも面白かった。それらの塊が風に流されて行く間にだんだん相対的位置を変えて行くのが、上層の風・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・等高線の屈曲配布にはおのずからな方則があっていいかげんなものと正直に実測によったものとは自然に見分けができるのである。 その時に痛切に感じたことは日本の陸地測量部で地形図製作に従事している人たちのまじめで忠実で物をごまかさない頼もしい精・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・ このように楽器の部分としての手首、あるいはむしろ手首の屈曲を支配する筋肉は、少しも強直しない、全く弛緩した状態になっていて、しかもいかなる微細の力の変化に対しても弾性的に反応するのでなければならないのである。 この手首の自由の問題・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・そうして、午後の茶をのみながら、彼と研究をともにする若い学者たちに彼のしなびた左の薬指の第一関節における約二十度の屈曲を示し、「僕だってそうばかにしたものでもないよ」、そんなことをいっては皆に笑われながら、三十余年前の手製のボールのカーンと・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・蒼白いガスの灯と澄み渡った夜の空との光の中に、樹木の幹は如何に勢よく、屈曲自在なる太い線の美を誇っていたであろう。アメリカの曠野に立つ樫フランスの街道に並ぶ白楊樹地中海の岸辺に見られる橄欖の樹が、それぞれの姿によってそれぞれの国土に特種の風・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・襖に当って屈曲した三尺幅の光の波が、くっきり斜に、表現派の舞台装置のように、光度を違えて、模様を描いて居る。 ◎ 宮原氏と原稿の話をした時、二十四字づめを使って居ると云うと 彼は「それ丈は一寸違って居・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
出典:青空文庫