・・・そのうちにいよいよ今日はという事になって朝のうちに物置の屋根裏から台が取り下ろされ、一年中の塵埃や黴が濡れ雑巾で丁寧に拭い清められ、それから裏庭の日蔭で乾かされる。そしていよいよ夕方になってから中庭に持ち出されると、それで始めて私の家に本当・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・猫いらずを飲んだ人は口から白い煙を吐くそうであるからねずみでも吐くかもしれない。屋根裏の闇の中で口から燐光を発する煙を吐いているのを想像するだけでもあまり気持ちがよくない。 木の板の上に鉄のばねを取り付けた捕鼠器もいくつか買って来て仕掛・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・門の屋根裏に巣をしているつばめが田んぼから帰って来てまた出て行くのを、羅宇屋は煙管をくわえて感心したようにながめていたが「鳥でもつばめぐらい感心な鳥はまずないね」と前置きしてこんな話を始めた。村のある旧家につばめが昔から巣をくうてい・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ 自分は折々天下堂の三階の屋根裏に上って都会の眺望を楽しんだ。山崎洋服店の裁縫師でもなく、天賞堂の店員でもないわれわれが、銀座界隈の鳥瞰図を楽もうとすれば、この天下堂の梯子段を上るのが一番軽便な手段である。茲まで高く上って見ると、東・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・巴里屋根裏の学者の英訳本などである。中村敬宇先生が漢文に訳せられた『西国立志編』の原書もたしか読んだように思っている。 中学を出て、高等学校の入学試験を受ける準備にと、わたくしたちは神田錦町の英語学校へ通った時、始めてヂッケンスの小説を・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・これは紐育の高架鉄道、巴里の乗合馬車の屋根裏、セエヌの河船なぞで、何時とはなしに妙な習慣になってしまった。 いい天気である。あたたかい。風も吹かない。十二月も早や二十日過ぎなので、電車の馳せ行く麹町の大通りには、松竹の注目飾り、鬼灯提灯・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・蛇は時とすると煤けた屋根裏に白い体を現わして鼠を狙って居ることがある。そうした後には鼠は四五日ひっそりする。収穫季の終が来て蛇が閉塞して畢うと鼠は蕎麦や籾の俵を食い破る。それでも猫は飼わなかった。太十が犬だけは自分で世話をした。壊れた箱へ藁・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ここは屋根裏である。天井を見ると左右は低く中央が高く馬の鬣のごとき形ちをしてその一番高い背筋を通して硝子張りの明り取りが着いている。このアチックに洩れて来る光線は皆頭の上から真直に這入る。そうしてその頭の上は硝子一枚を隔てて全世界に通ずる大・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・それからもう何時だかもわからず弾いているかもわからずごうごうやっていますと誰か屋根裏をこっこっと叩くものがあります。「猫、まだこりないのか。」 ゴーシュが叫びますといきなり天井の穴からぽろんと音がして一疋の灰いろの鳥が降りて来ました・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ そういう家の屋根裏が物置きになっていた。板じきの真中に四畳たたみが置いてある。わたしは、そこへ小机をおいて、ルスタムの物語を書きはじめた。 遠くに白山山脈の見えるその村は、水田ばかりであったから、七、八月のむし暑さは実にひどかった・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
出典:青空文庫