・・・蜀山人が作にも金竜山下起二金波一 〔金竜山下に金波を起こし砕二作千金一散二墨河一 千金を砕作して墨河に散る別有三幽荘引二剰水一 別に幽荘の剰水を引ける有りて蒹葭深処月明多 蒹葭深き処月明らかなること多れり〕・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・いっそ山下から返れといおうと思うたがそれもと思うて躊躇して居ると車は山を上ってしもうた。もう提灯も何も見えぬ。もう仕方がないとあきらめると、つめたい風が森の中から出て電気燈の光にまじって来るので、首巻を鼻までかけて見たが直に落ちてしまう、寒・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・ふりかえれば遥かの山本に里の灯二ッ三ッ消えつ明りつ。折々颯と吹く風につれて犬の吠ゆる声谷川の響にまじりて聞こゆるさえようようにうしろにはなりぬ。 枯れ柴にくひ入る秋の蛍かな 闇の雁手のひら渡る峠かな 二更過ぐる頃軽井沢に・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・通州の事件について書いている尾崎士郎氏と山本実彦氏の文章の対比はこの点について教えるところがある。山本氏が持っているものは、どちらかと云えば政治家風な通であって、新しい内容での客観的知識、科学的知識ではない。それでも、まだ素朴な感傷でだけ結・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・泉山蔵相のくだのなかで「新給与問題よりも山下春江女史の方がすきだということの方が問題だ」といったということが新聞にでていますが、これはなまよい本性にたがわず、本音でしょう。もちろんあとから本人にきけば「何もおぼえていない」でしょうが極東裁判・・・ 宮本百合子 「泉山問題について」
・・・当年五十五歳になる、大金奉行山本三右衛門と云う老人が、唯一人すわっている。ゆうべ一しょに泊る筈の小金奉行が病気引をしたので、寂しい夜寒を一人で凌いだのである。傍には骨の太い、がっしりした行燈がある。燈心に花が咲いて薄暗くなった、橙黄色の火が・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・深川での相手は山本の勘八と云う老妓であった。吉原では久喜万字屋の明石と云うお職であった。 竜池が遊ぶ時の取巻は深川の遊民であった。桜川由次郎、鳥羽屋小三次、十寸見和十、乾坤坊良斎、岩窪北渓、尾の丸小兼、竹内、三竺、喜斎等がその主なるもの・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・俺とこは山本や。」 その時、秋三はふと勘次の家と安次の家とは同姓で、その二家以外に村には谷川と名附けられる姓の一軒もないのに気がついた。してみれば、今安次を勘次の家へ、株内と云う口実で連れていったとしたならば? 勘次の母の吝嗇加減を知っ・・・ 横光利一 「南北」
・・・内容は、武田信玄の家法、信玄一代記、家臣の言行録、山本勘助伝など雑多であるが、書名から連想せられやすい軍法のことは付録として取り扱われている程度で、大体は道徳訓である。この書がもしその標榜する通りに成立したものであるならば、『多胡辰敬家訓』・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・なお日記には、右のことから一か月も経たない十一月六日に、山本良吉氏からの手紙で、京都大学についての話があったと記されている。この話の内容はよくは解らないが、京都大学への転任の話が京都の教授会で確定したのは、翌年四月のことである。だからこの話・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫