・・・秩父から足柄箱根の山山、富士の高峯も見える。東京の上野の森だと云うのもそれらしく見える。水のように澄みきった秋の空、日は一間半ばかりの辺に傾いて、僕等二人が立って居る茄子畑を正面に照り返して居る。あたり一体にシンとしてまた如何にもハッキリと・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ ながれ去る山山。街道。木橋。いちいち見おぼえがあったのだ。それでは七年まえのあのときにも、やはりこの汽車に乗ったのだな、七年まえには、若き兵士であったそうな。ああ。恥かしくて死にそうだ。或る月のない夜に、私ひとりが逃げたのである。とり・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・「あ、山山のへっぴり伯父。」嘉ッコがいきなり西を指さしました。西根の山山のへっぴり伯父は月光に青く光って長々とからだを横たえました。 宮沢賢治 「十月の末」
・・・ ※ 山山にパラフ※ンの雲が白く澱み、夜が明けました。黄色なダァリヤはびっくりして、叫びました。「まあ、あなたの美しくなったこと。あなたのまはりは桃色の後光よ。」「ほんたうよ。あなたのまはりは虹から・・・ 宮沢賢治 「まなづるとダァリヤ」
・・・どちらを向いても、高い山山ばかりに囲まれた盆地の山ひだの間から、蛙の声の立ちまよっている村里で、石油の釣りランプがどこの家の中にも一つずつ下っていた。牛がまた人と一つの家の中に棲んでいた。 私がランプの下の生活をしたのは、このときから三・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫