・・・ それは疑問としてもその上にまだ山川風土でありとあらゆる多様のタイプを具備している。実際千島カラフトの果てから台湾の果てまで数えれば、気候でもまず文化民の生活に適する限り一通りはそろっている。こういう珍しい千代紙式に多様な模様を染め付け・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・動力が電気になっていること、停車場前に客待ちのリクショウメンがいなくなって、そのかわりに自動車とバスと、それからいろいろな名前のホテルの制帽を着た、丁寧でいばっている客引きの数が多いことぐらいである。山川の景色は百年ぐらいたってもたいして年・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・心がにぎやかでいっぱいに充実している人には、せせこましくごみごみとした人いきれの銀座を歩くほどばからしくも不愉快なことはなく、広大な山川の風景を前に腹いっぱいの深呼吸をして自由に手足を伸ばしたくなるのがあたりまえである。F屋喫茶店にいた文学・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・四辺の温和な山川の中に神代の巨人のごとく伝説の英雄のごとく立ちはだかっている。富士が女性ならばこれは男性である。苦味もあれば渋味もある。誠に天晴な大和男児の姿である。この美しい姿を眺めながら妙な夢のような事を考えてみるのであった。 誰か・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・例えば土地山川の高低図を作る際に、道路の小凹凸、山腹の小さき崖崩れを省略するに同じ。これを省くとも鉄道運河の大体の設計にはなんらの支障を生ずる事なかるべし。これに反して荷車を挽く労働者には道路の小凹凸は無意味にあらず。墓地の選定をなさんとす・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・「すなわち天にまい上ります時に、山川ことごとに動み、国土皆震りき」とあるのも、普通の地震よりもむしろ特に火山性地震を思わせる。「勝ちさびに天照大御神の営田の畔離ち溝埋め、また大嘗きこしめす殿に屎まり散らしき」というのも噴火による降砂降灰の災・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・ そのころの先生の親しかった同僚教授がたの中には狩野亨吉、奥太一郎、山川信次郎らの諸氏がいたようである。「二百十日」に出て来る一人が奥氏であるというのが定評になっているようである。 学校ではオピアムイーターや、サイラス・マーナーを教・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・実際芭蕉は人間禽獣はもちろん山川草木あらゆる存在に熱烈な恋をしかけ、恋をしかけられた人である。芭蕉の句の中で単に景物を詠じたような句でありながら非常になまなましい官能的な実感のある句があるのは人の知るところであろう。これは彼の万象に対する感・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・これに応じて山川草木の風貌はわずかに数キロメートルの距離の間に極端な変化を示す。また気象図を広げて見る。地形の複雑さに支配される気温降水分布の複雑さは峠一つを隔ててそこに呉越の差を生じるのである。この環境の変化に応ずる風俗人情の差異の多様性・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・橘曙覧の家にいたる詞おのれにまさりて物しれる人は高き賤きを選ばず常に逢見て事尋ねとひ、あるは物語を聞まほしくおもふを、けふは此頃にはめづらしく日影あたたかに久堅の空晴渡りてのどかなれば、山川野辺のけしきこよなかるべしと巳の鼓う・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫