・・・ 七 明眸の左右に樹立が分れて、一条の大道、炎天の下に展けつつ、日盛の町の大路が望まれて、煉瓦造の避雷針、古い白壁、寺の塔など睫を擽る中に、行交う人は点々と蝙蝠のごとく、電車は光りながら山椒魚の這うのに似ている。 忘れもし・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・それは、「山椒魚」という作品であった。童話だと思って読んだのではない。当時すでに私は、かなりの小説通を以てひそかに自任していたのである。そうして、「山椒魚」に接して、私は埋もれたる無名不遇の天才を発見したと思って興奮したのである。 嘘で・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
(はじめに、黄村先生が山椒魚に凝って大損をした話をお知らせしましょう。逸事の多い人ですから、これからも時々、こうして御紹介したいと思います。三つ、四つと紹介をしているうちに、読者にも、黄村先生の人格の全貌 黄村先生が、山・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・と題して先生が山椒魚に熱中して大損をした時の事を報告し、世の賢者たちに、なんだ、ばかばかしいと顰蹙せられて、私自身も何だか大損をしたような気さえしたのであるが、このたびの先生の花吹雪格闘事件もまた、世の賢者たちに或いは憫笑せられるかも知れな・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・全く死滅しないまでも山椒魚か鴨の嘴のような珍奇な存在としてかすかな生存をつづけるに過ぎないであろう。そのかわりまた、ちょっと見ると変なようでも読んでいるうちにだんだんおもしろくなって来るようなものがあれば、だれがなんと批評しようが自然に賛美・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
出典:青空文庫