やまだひさし【山田久志】
[1948〜 ]プロ野球選手・監督。秋田の生まれ。昭和44年(1969)阪急(オリックスの前身)に入団。速球で勝ち星を重ね、同球団の黄金時代を支えた。17年連続二桁 (けた) 勝利を記録。通算284勝。のち、中日監督を務めた。
やまだびみょう【山田美妙】
[1868〜1910]小説家・詩人・評論家。東京の生まれ。本名、武太郎。尾崎紅葉らと硯友社を結成し、「我楽多文庫 (がらくたぶんこ) 」を編集。小説「武蔵野」「胡蝶」「夏木立」などにより、言文一致体の先駆者となった。他に「平清盛」「日本韻文論」「日本大辞書」など。
やまだふうたろう【山田風太郎】
[1922〜2001]小説家。兵庫の生まれ。本名、誠也 (せいや) 。「眼中の悪魔」「太陽黒点」など多くの推理小説を執筆。のち「甲賀忍法帖 (こうがにんぽうちょう) 」を皮切りに多数の忍法小説を発表し、忍法ブームを起こした。他に「魔界転生」「警視庁草紙」など。平成13年(2001)功績により日本ミステリー文学大賞受賞。
やまだまさき【山田正紀】
[1950〜 ]小説家。愛知の生まれ。SF「神狩り」でデビュー。SF・ミステリー・ホラー・冒険小説など幅広い分野で活躍。他に「火神 (アグニ) を盗め」「神々の埋葬」「最後の敵」「機神兵団」「ミステリ・オペラ」など。
やまだもりたろう【山田盛太郎】
[1897〜1980]経済学者。愛知の生まれ。東大教授。マルクスの再生産表式、日本資本主義などを研究。野呂栄太郎らの「日本資本主義発達史講座」に参加、中心的執筆者となる。著「日本資本主義分析」など。
やまだようじ【山田洋次】
[1931〜 ]映画監督。大阪の生まれ。ユーモアあふれる人情喜劇を描き、絶大な人気を得る。特に、主演の渥美清が亡くなるまで作り続けた「男はつらいよ」シリーズは、国民的映画として圧倒的に支持された。代表作「馬鹿まるだし」「幸福 (しあわせ) の黄色いハンカチ」「キネマの天地」「息子」「たそがれ清兵衛」など。平成16年(2004)文化功労者。平成24年(2012)文化勲章受章。
やまだよしお【山田孝雄】
[1873〜1958]国語学者・国文学者。富山の生まれ。東北大教授・神宮皇学館大学学長。独自の体系的文法理論を打ち立て、厳密な語学的注釈による国文学の研究を行った。文化勲章受章。著「日本文法論」「奈良朝文法史」「平家物語につきての研究」など。
やまだりゅう【山田流】
箏曲 (そうきょく) の流派の一。安永(1772〜1781)ころに、生田流を学んだ江戸の山田検校が創始。生田流の、三味線本位に対し箏本位、器楽本位に対し声楽本位の語り物風な箏曲で、江戸を中心に流行した。今日でも、関東地方を中心に広く行われ、関西の生田流と勢力を二分している。
やまだいすず【山田五十鈴】
[1917〜2012]女優。大阪の生まれ。本名、美津 (みつ) 。溝口健二監督の映画「浪華悲歌 (なにわエレジー) 」「祇園 (ぎおん) の姉妹 (きょうだい) 」に主演して地位を確立。「ベルさん」の愛称で親しまれ、後年はテレビドラマや舞台でも活躍した。平成12年(2000)文化勲章受章。出演作「流れる」「蜘蛛巣城 (くものすじょう) 」「東京暮色」など。
やまだほうこく【山田方谷】
[1805〜1877]幕末・明治前期の陽明学者。備中の人。名は球。通称、安五郎。方谷は号。幕末期に松山藩の財政整理と藩政改革に成功。明治維新後は閑谷 (しずたに) 学校の再興に尽力した。