・・・その男は、片眼で、見えない方の眼は、白くびくびくうごき、上着のような半纒のようなへんなものを着て、だいいち足が、ひどくまがって山羊のよう、ことにそのあしさきときたら、ごはんをもるへらのかたちだったのです。一郎は気味が悪かったのですが、なるべ・・・ 宮沢賢治 「どんぐりと山猫」
・・・わたくしはそこの馬を置く場所に板で小さなしきいをつけて一疋の山羊を飼いました。毎朝その乳をしぼってつめたいパンをひたしてたべ、それから黒い革のかばんへすこしの書類や雑誌を入れ、靴もきれいにみがき、並木のポプラの影法師を大股にわたって市の役所・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・あの花びらは天の山羊の乳よりしめやかです。あのかおりは覚者たちの尊い偈を人に送ります。」「それはみんな善です。」「誰の善ですか。」諒安はも一度その美しい黄金の高原とけわしい山谷の刻みの中のマグノリアとを見ながらたずねました。「覚・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
・・・の細工ものの様な足が一寸も休まずに歩くのを見ると目の廻るほど私は気にかかる――精女 いつもいつも御親切さまに御気をつけ下さいましてほんとうにマア、厚く御礼は申しあげますが急いで居りますから――この山羊の乳を早くもって参らなくてはなりませ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・真黒い鉄の何かを運んで来て雪の中にころがしてある。山羊皮外套を雪の上へぬぎすて農民みたいな男が、車の下に這いこんだ。防寒靴の足の先だけが此処から見える。 日はキラキラさしている。雪は凍ってる。寒い。赤い房のついた三角帽をかぶった蒙古少年・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・野草のたべかたについての講義――云いかえれば、私たち日本の人間が、どうしたらもっと山羊に近くなるか、とでも云うようなお話まで堂々とされます。これは公の席で、公の議論としてされているのです。 もし、今日の食糧事情が、真に公の問題として・・・ 宮本百合子 「公のことと私のこと」
・・・ 二十人ばかりの職場からの若い連中が集っているのだが、椅子が人数だけない。山羊皮の半外套を着た若い労働者が三四人、床の上でじかに膝を抱え、むき出しな板の羽目へよっかかっている。 四十がらみの、ルバーシカの上へ黒い上衣を着た男が立って・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・ そのうち月は益々冴え、庭のオレゴン杉の柔かな茂みの蔭に、白い山羊が現れた。燦く白い一匹の山羊だ。 山羊は段々大きい山羊になった。見ると、白い山羊と向い合って、黒い耳長驢馬が一匹立って居る。白山羊と黒驢馬とは月の光に生れて偶然オレゴ・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
・・・ 机のまわり わたくしの机の上には、満州辺の山羊のような、少し黄色がかった文鎮があります。それに瑠璃色の硯屏と白い原稿紙、可愛い円るい傘のスタンド、イギリス産の洋紅に染めつけた麻の敷物なぞ、どれもわたくしの好き・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・灰色の官給長外套を着たプロレタリアートの子が命令の意味を理解せず山羊皮外套を着たプロレタリアートの子を射った。「血の日曜日」である。 血は無駄に冬宮前の雪に浸みこんだのではなかった。「十月」が来た。 すべての権力をソヴェトへ 餓・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫