・・・などを彼女に持って行くという歯の浮くような通いかたをした挙句、静子に誘われてある夜嵐山の旅館に泊った。寝ることになり、私はわざとらしく背中を向けて固くなっていたが、一つにはそれが二人にふさわしいと思ったのだ。それほど静子は神聖な女に見えてい・・・ 織田作之助 「世相」
・・・古い都の京では、嵐山や東山などを歩いてみたが、以前に遊んだときほどの感興も得られなかった。生活のまったく絶息してしまったようなこの古い鄙びた小さな都会では、干からびたような感じのする料理を食べたり、あまりにも自分の心胸と隔絶した、朗らかに柔・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・「――ところがね、私はそんな中でも遊ぶことは随分遊びましたよ、嵐山へも行ったし、奈良へも行ったし……」 照子は、彼等を等分に眺め乍ら、我から興に乗った眼差しで語りつづけた。「小幡には遊べないの。土曜日んなるとね私が云うのよ、貴方・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・ こんなうちとけた手紙をよこした御まきさんと云う人は京は嵐山の傍は春の夢のように美くしいところに今年十六の一人娘とおだやかに不自由なく暮している人だ。生れは雪深い越後、雪国に美人が多いと云うためしにもれず若い時は何小町と云われたほどその・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・東山や嵐山などを包んでいる樹木の種類は非常に多いのであるが、そういう多種類の樹木の一々が、非常に具合のいい湿気に恵まれて、その樹木に特有な葉の色を、最も純粋に発揮しているのかもしれない。あるヨーロッパの画家が、新緑ごろの嵐山を見て、緑の色の・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫