小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まったのは、良平の八つの年だった。良平は毎日村外れへ、その工事を見物に行った。工事を――といったところが、唯トロッコで土を運搬する――それが面白さに見に行ったのである。 トロッコの・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・自分はさらに同じような非難を嫁が島の防波工事にも加えることを禁じえない。防波工事の目的が、波浪の害を防いで嫁が島の風趣を保存せしめるためであるとすれば、かくのごとき無細工な石がきの築造は、その風趣を害する点において、まさしく当初の目的に矛盾・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・えこの川は、常夏の花に紅の口を漱がせ、柳の影は黒髪を解かしたのであったに―― もっとも、話の中の川堤の松並木が、やがて柳になって、町の目貫へ続く処に、木造の大橋があったのを、この年、石に架かえた。工事七分という処で、橋杭が鼻の穴のように・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・……長塚の工事は城を築くような騒ぎだぞ。」「まだ通れないのか、そうかなあ。」店の女房も立って出た。「来月半ばまで掛るんだとよう。」「いや、難有う。さあ引返しだ。……いやしくも温泉場において、お客を預る自動車屋ともあるものが、道路の交通、是非・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・自分は水の心配をするたびに、ここの工事をやった人の、馬鹿馬鹿しきまで実務に不忠実な事を呆れるのである。 大洪水は別として、排水の装置が実際に適しておるならば、一日や二日の雨の為に、この町中へ水を湛うるような事は無いのである。人事僅かに至・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・椿岳は何処にもいる処がないので、目鏡の工事の監督かたがた伝法院の許しを得て山門に住い、昔から山門に住ったものは石川五右衛門と俺の外にはあるまいと頗る得意になっていた。或人が、さぞ不自由でしょうと訊いたら、何にも不自由はないが毎朝虎子を棄てに・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ またあるとき、ケーは土木工事をしているそばを通りかかりますと、多くの人足が疲れて汗を流していました。それを見ると気の毒になりましたから、彼は、ごくすこしばかりの砂を監督人の体にまきかけました。と、監督は、たちまちの間に眠気をもよおし、・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・最初私が美人座へ行ったのは、その頃私の寄宿していた親戚の家がネオンサインの工事屋で、たまたま美人座の工事を引受けた時、クリスマスの会員券を売付けられ、それを貰ったからであるが、戎橋の停留所で市電を降り、戎橋筋を北へ丸万の前まで来ると、はや気・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 護岸工事に使う小石が積んであった。それは秋日の下で一種の強い匂いをたてていた。荒神橋の方に遠心乾燥器が草原に転っていた。そのあたりで測量の巻尺が光っていた。 川水は荒神橋の下手で簾のようになって落ちている。夏草の茂った中洲の彼方で・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ 弁公親子はある親分について市の埋め立て工事の土方をかせいでいたのである。弁公は堀を埋める組、親父は下水用の土管を埋めるための深いみぞを掘る組。それでこの日は親父はみぞを掘っていると、午後三時ごろ、親父のはね上げた土が、おりしも通りかか・・・ 国木田独歩 「窮死」
出典:青空文庫