・・・が、それも平たい頭に、梅花の模様がついているほか、何も変った所はなかった。「何か、これは?」「私は鍼医です。」 髯のある男はためらわずに、悠然と参謀の問に答えた。「次手に靴も脱いで見ろ。」 彼等はほとんど無表情に、隠すべ・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 檐下の黒いものは、身の丈三之助の約三倍、朦朧として頭の円い、袖の平たい、入道であった。 女房は身をしめて、キと唇を結んだのである。 時に身じろぎをしたと覚しく、彳んだ僧の姿は、張板の横へ揺れたが、ちょうど浜へ出るその二頭の猛獣・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・元来これは絵画の領域に属するもので、絵画の上ではあらゆる物象だの、影だのを色彩で以て平たい板の上に塗るので、時間的に事件を語っているものではない。併し、それが最近の色彩派になって来ると、絵画が動くようなところに進んでいると思う。 例えば・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・他の二人も老人らしく似つこらしい打扮だが、一人の濃い褐色の土耳古帽子に黒い絹の総糸が長く垂れているのはちょっと人目を側立たせたし、また他の一人の鍔無しの平たい毛織帽子に、鼠甲斐絹のパッチで尻端折、薄いノメリの駒下駄穿きという姿も、妙な洒落か・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・それでまずこの境界線のはえぎわを整理した後に平たい面積に掛かるほうが利口らしく思われた。しかしこのはえぎわの整理はきわめてめんどうで不愉快であって、見たところの効果の少ない割りの悪い仕事であった。 おしまいにはそんな事を考えている自分が・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・池のまわりは岩組みになって、やせた巻柏、椶櫚竹などが少しあるばかり、そしてすみの平たい岩の上に大きな竜舌蘭の鉢が乗っている。ねえさんがこの家へ輿入れになった時、始めてこの鉢を見て珍しい草だと思ったが、今でも故郷の姉を思うたびにはきっとこの池・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・ この静な道を行くこと一、二町、すぐさま万年橋をわたると、河岸の北側には大川へ突き出たところまで、同じような平たい倉庫と、貧しげな人家が立ちならび、川の眺望を遮断しているので、狭苦しい道はいよいよせまくなったように思われてくる。わたくし・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・その高低を線で示せば平たい直線では無理なので、やはり幾分か勾配のついた弧線すなわち弓形の曲線で示さなければならなくなる。こんなに説明するとかえって込み入ってむずかしくなるかも知れませんが、学者は分った事を分りにくく言うもので、素人は分らない・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・しかもその一本一本の末は丸く平たい蛇の頭となってその裂け目から消えんとしては燃ゆる如き舌を出している。毛と云う毛は悉く蛇で、その蛇は悉く首を擡げて舌を吐いて縺るるのも、捻じ合うのも、攀じあがるのも、にじり出るのも見らるる。五寸の円の内部に獰・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・それから山の脊に添うて曲りくねった路を歩むともなく歩でいると、遥の谷底に極平たい地面があって、其処に沢山点を打ったようなものが見える。何ともわからぬので不思議に堪えなかった。だんだん歩いている内に、路が下っていたと見え、曲り角に来た時にふと・・・ 正岡子規 「くだもの」
出典:青空文庫