・・・新制『くにのあゆみ』は、その点に特別の配慮がされていて、物語る口調そのものの平らかさにまで随分気がくばられている。 抗争摩擦の面をさけてなるべく平和にと心がけられた結果、その努力は一面の成功と同時に、あんまり歴史がすべすべで民族自体の気・・・ 宮本百合子 「『くにのあゆみ』について」
・・・祖母は、心持も平らかで、苦痛もない。私は、父の心を推察すると同情に堪えなかった。父は情に脆い質であった。彼にとって、母は只一人生き遺っていた親、幼年時代からの生活の記念であった。兄や弟、妹たちは皆若死をした。母がなくなれば、妻子を除いて、父・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ 上っ皮のかすれた様な細い声は低く平らかに赤い小さな唇からすべり出て白い小粒にそろった歯を少し見せて笑う様子は二十を越した人とは思われないほど内気らしかった。 笹原と云う姓は呼ばずに千世子はいつでも 肇さんと呼んだ。 ・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ 母はもうそりゃああ冷たいいやな中に育ったんですけど平らかな人の心持をそこねない頭を持ってるんです。 もとより私とはまるで反対に理智的な澄んだ頭を持って生れたんですけどねえ。「貴方!」 肇は始めて千世子を呼びかけた、そし・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ そして、平らかな閑寂なその表面に、折々雫のようにポツリポツリと、家内の者達のことだの、自分のことだのが落ちて来ては、やがてスーと波紋を描いてどこかへ消えて行ってしまう。 沼で一番の深みだといわれている三本松の下に、これも釣をしてい・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ふるえそうになる声をやっと平らかに、ひろ子は重吉に聞いた。「あなたに対して、わたしにそういうところがあるとお感じになるの?」「僕に対してというわけじゃないさ。――一般にね」「いろんなやりかたで?」「まあそうだね」 たとえ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 日本女は、馬車へのっかったまま平らかな視線で自分のまわりへよって来た群集を眺めた。彼女は群集を知っている。パンの列に立ってる間に、電車でもみくしゃにされた間に日本女がその気ごころをいつか理解したモスクワの群集だ。 ――どうしてこん・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
出典:青空文庫