・・・……鮹かと思うと脚が見えぬ、鰈、比目魚には、どんよりと色が赤い。赤あかえいだ。が何を意味する?……つかわしめだと聞く白鷺を引立たせる、待女郎の意味の奉納か。その待女郎の目が、一つ、黄色に照って、縦にきらきらと天井の暗さに光る、と見つつ、且つ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・……と送って出しなの、肩を叩こうとして、のびた腰に、ポンと土間に反った新しい仕込みの鯔と、比目魚のあるのを、うっかり跨いで、怯えたような脛白く、莞爾とした女が見える。「くそったれめ。」 見え透いた。が、外套が外へ出た、あとを、しめざ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ おれは今六十五になるが、鯛平目の料理で御馳走になった事もあるけれど、松尾の百合餅程にうまいと思った事はない。 お町は云うまでもなく、お近でも兼公でも、未だにおれを大騒ぎしてくれる、人間はなんでも意気で以て思合った交りをする位楽しみ・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・左手には、大きい平目二まい縄でくくってぶらさげている。 奥田せんせい。やあ、いるいる。おう、菊代さんもいるな。こいつあ、いい。大いにやろう。酒もあり、さかなもある。障子の女の影法師、ふっと掻き消すようにいなくなる。・・・ 太宰治 「春の枯葉」
出典:青空文庫